【○○茶の日】ってたくさんありませんか?10/1は日本茶の日!

○○の日、って毎日のように定められていますよね。
29日は肉の日、とか。

ちなみに本日10/1は「日本茶の日」となっています。
一般社団法人 日本記念日協会には毎日たくさんの○○の日が登録されています。

<日本茶の日>は一年に2日ある?!

すでにご紹介しましたが、10/1が<日本茶の日>。
そして、もう一日が10/31です。

なぜそんなに近い時期に<日本茶の日>が二日もあるのでしょう。

まず10/1の日本茶の日は、≪伊藤園≫が定めた日となります。
1587年(天正15年)10月1日に豊臣秀吉が京都北野天満宮にて「北野大茶湯」を行ったことから由来しているそうです。
先日行った、熱海のMOA美術館に秀吉が作った黄金の茶室のレプリカがあり、この北野大茶湯でお披露目されたことを書いています。
※参考記事:黄金の茶室-国宝、重要文化財多数の熱海のMOA美術館を訪ねて‐

武士、平民、身分問わず参加できる大茶会。
たくさんの人に茶を飲んでほしい、楽しんでほしいという思いが込められた素晴らしい日を<日本茶の日>に定めたとのこと。

Twitterでのキャンペーンも行っていますので、参加してみると良いでしょう。
※2019/10/14まで

≪伊藤園≫と言えば、こちらですね。↓

そしてそして!!!
個人的にとてもおススメなのが、“きゅうスライム”が当たるかもしれない、というローソンと伊藤園のコラボイベントです。
※詳細はこちら
すでに第一弾(対象商品はおーいお茶)が始まっており、第二弾の対象商品はこちら↓

欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい…!(心の声)
すみません、取り乱しました…。(でも本気でほしい)

もう一つの<日本茶の日>は?

もう一つの<日本茶の日>は10/31です。
1192年10月31日に宋から帰国した栄西(臨済宗の開祖)が茶の種や製法を持ってきた日とされているそうです。

栄西は「茶は養生の仙薬なり…」という冒頭で始まる<喫茶養生記>を記し、茶を広めた人物として知られています。

栄西は茶は万能の薬だとし、また禅の修行中の眠気覚ましとして活用しました。
そして種を植え、栽培も行っています。

佐賀県背振村にある霊仙寺は、栄西が初めて茶の種を植えた地とされています。

10月31日といえば、ハロウィンですよね。
ここ数年で異常な盛り上がりを見せているハロウィンイベントと日本茶を絡めたイベントも各地でちらほら見掛けます。

10/1と10/31の一か月以内に二日日本茶の日があることに関しては、特に意味はないようです。



10/31を過ぎると、紅茶の日?!他の茶にまつわる日はいつ?

ちなみに、11/1は紅茶の日でして、お茶カフェをやっていた筆者はてんてこ舞いな時期でした。。
日本茶のイベントが終了次第、紅茶のイベントに切り替えるというとんでもないハードな二日間。笑

11/1は日本紅茶協会が定めた日です。

ロシアに漂着した大黒屋光太夫が11/1にロシアの女帝エカテリーナ二世のお茶会に参加した初めての日本人であろうというところから制定されているそうです。
※詳細はこちら

そして、他にもお茶の日はあるのだろうかと一般社団法人 日本記念日協会のHPを改めてみてみると、以下茶にまつわる日がこんなに…!

★十六茶の日  毎月16日
★和紅茶の日 11月10日
★熟成烏龍茶の日 毎月19日
★熟成烏龍茶の日 10月9日
★午後の紅茶の日 5月5日
★こいまろ茶の日 9月1日
★お茶漬けの日 5月17日
★新茶の日 5月2日
★川根茶の日 4月21日
★中国茶の日 7月8日
★マテ茶の日 9月1日
★無糖茶飲料の日 6月10日
※心を注ぐ急須の日 9月4日 とリプトンの日 5月10日も茶と関係あり?

詳細は是非一般社団法人 日本記念日協会をご覧ください。(それぞれのリンクが貼ってあります。)



結び

○○茶の日、にはここ数年Twitterなどでプレゼントがもらえる企画等を各メーカーで積極的に行っていてタイムラインが賑わいます。
※参考記事:2018年メーカープレゼント合戦

日本紅茶協会等でも紅茶のイベント(セミナー等)が行われたりしていて、お茶に興味を持った方は是非この盛り上がりに乗っていただきたいなぁと思います。

当然お茶好きさんは積極的に盛り上がるわけですが。←自分も含めて

今年もこれからお茶のイベントが目白押しですし、こういったネット上のプレゼント等も増えてくるかと思いますので、是非お見逃しなく!
※参考記事:日本でも紅茶が作られている?-和紅茶の歴史やイベントなどについて-

黄金の茶室‐国宝、重要文化財多数の熱海のMOA美術館を訪ねて‐

先日、MOA美術館に行ってきました。
熱海温泉に行く途中での立ち寄りです。
調べてみると、国宝品、重要文化財のようなものも多数所蔵しているとのことでしたので、興味津々で行って参りました。

MOA美術館とは

【場所】
熱海市桃山町26-2
【HP】
http://www.moaart.or.jp/

地図はこちら↓↓





熱海駅からは近いですが、自家用車ですと割とテクニックを要する山道(くねくね)ですので、自信ない方はバスをご利用いただいた方が安全かと。

タクシーやバスで10分かからない程度です。
(HPにはタクシー5分、バス7分とあります)

山の上に建っており、風光明媚な場所にあります。
フロアに入ると、熱海の美しい海が一望できます。

美術品よりなにより、まずここで皆さん写真タイム。
伊豆半島や初島も見えます。
「映えます」ね。

MOA美術館は昭和57年に開館。
絵画、書、工芸を中心に国宝が3点、重要文化財66点(合計で3500点)を所蔵する熱海を代表する美術館です。

尾形光琳の「紅白梅図屏風」は2月の梅の時期に期間限定で公開されるそうで、ファンが多いとか。

2017年にリニューアルされ、7万坪にもおよぶ敷地内の庭園には四季折々の花が咲くため美術品と風景と双方から心を潤すことが出来る素晴らしい美術館と言えます。



茶好きな方におススメポイント①

まずは、当然「黄金の茶室」です。

とりあえず、目がチカチカするほどに煌びやかな茶室です。
なんとなく伝え聞いている秀吉のイメージにはピッタリ。(勝手なイメージ)

圧巻のキラキラ具合…!!!
何度も書いていますが筆者は茶道を習ったことがありませんが、この茶室でお茶を飲みたいとは思わな…(略

「黄金の茶室」は1586年の正月に豊臣秀吉が正親町天皇に茶を献ずるために、京都御所内に組み立て式の黄金の茶室を持ち込んだという史実に基づき再現されたものとのこと。(MOA美術館HPより)

1587年の北野天満宮で行われた「北野大茶湯」でも披露されたと伝わっています。

詫び寂びを重んじた利休の好みでは決してないように思われますが、時の権力者である秀吉の力を誇示するには十分なものですし、作成には利休が関わっていたものと考えられているようです。(資料は現存せず)

行ったことはありませんが、大阪城天守閣にも再現された黄金の茶室があるそうですので、今度はそちらにも行ってみたいと思います。

茶好きな方におススメポイント②

もう一つは野々村仁清作の「色絵藤花文茶壺」です。
こちらは国宝。

17世紀作、となっていますが色鮮やかで美しい茶壺です。

「茶壺」であるからには、「口切の茶事」のために新茶を詰められたのでしょうか。
宇治でこの壺に茶は詰められたのでしょうか。

色々と妄想は尽きません。
非常に美しいままの姿ですので、使用はされていないのかも。全く知識がなく分かりません…。

※展示物は時期によって異なっているかと思いますので、筆者が行った9月半ばでのおススメです。

国宝と重要文化財って?

国宝と重要文化財の違いが正直分かりませんでしたので、調べました。

国が定めた「文化財」の中には「有形文化財」、「無形文化財」、「民俗文化財」等がカテゴライズされており、「有形文化財」(建築物や美術品等)のカテゴリーの中で<重要なもの>を【重要文化財】。
その中でも特に<歴史的や芸術的に価値が高く貴重なもの>を【国宝】と称しているそうです。

■関連記事:ユネスコ無形文化遺産に日本茶を!

インド、アッサムティの地理的表示(GI)保護制度

関連記事でもいくつか書いていますが、どこの国でも自国の文化を守ろうという取り組みをしています。

例えば、京都、宇治は「文化的景観」に当たります。
「平成21年2月、美しい自然と歴史的な市街地、そして宇治茶の伝統を継承する「宇治の文化的景観」がわが国民の生活や生業の理解のために特に重要な景観地として、都市では初めての「重要文化的景観」に選定されました。」(宇治市HPより抜粋)

この辺りはもう少し勉強してまとめてみたいところです。



結び

来館した時に展示されていた「奇想の又兵衛-山中常盤物語絵巻-」も非常に美しく、心奪われました。

茶好きな人間としては茶にまつわるものを探して歩いてしまう癖がありまして、絵画等に関心がなくともこちらの美術館は十二分に楽しめます。

美術に疎くても、こういった美しく、価値のあるものを見ると薄汚れた心の澱がすーっと流れていくってもんです。

こちらのMOA美術館の素晴らしいと思えたところがもう一つあります。
ほとんどの展示物を写真に撮れるということです。(フラッシュはダメ)

今まで数は少ないですが行った美術館で、写真を撮ってはいけないと言われたことはあっても、「どうぞ撮ってください」と言われたことはないです。(実際言われました)

大切な日本の文化を多くの人に見てもらって、知ってもらいたい、という思いも溢れている素敵な美術館です。
是非足をお運びください。

日本でも紅茶が作られている?-和紅茶の歴史やイベントなどについて-

 

むかーしむかし。
筆者が茶カフェを始めた頃から閉店するまで(閉店は数年前)、ある和紅茶を出していました。

閉店する直前まで‐それはたった数年前ですが‐紅茶についてそれほど興味のない方たちは「日本でも紅茶って作っているんですね」と仰いました。

逆に、紅茶に興味があり、和紅茶ブームが到来した十数年前(?)に早速飲んでいた方は「和紅茶は二度と飲みたくない」と仰います。

店を営業している間に当店の和紅茶を初めて飲んだ方たちは「すっきりしていて飲みやすい」「優しい味わいがする」(あくまでも当店で扱っていた和紅茶の印象)と仰り、後者の方たちは頑なに「和紅茶は飲みたくないんです」と言い続けておられた気がします。

地方都市の小さな茶カフェでしたから、東京等に比べると和紅茶を知らない割合はぐっと多かったとは考えられますが。

和紅茶について、少し筆者の思い(抑えめ)を含めてまとめてみたいと思います。



日本で紅茶が作られるようになった歴史

和紅茶、国産紅茶などと言われています。
いずれも【日本国内で作った紅茶】のことを指します。
煎茶なども合わせて、総称して【日本茶】と呼ばれることもありますが、【日本茶】という言葉から想像されるのは、いわゆる煎茶(抹茶)ではないかと思います。

煎茶も和紅茶も、実は明治期に生糸とともに輸出をされていました。
江戸幕府が崩壊して鎖国が終わり、明治政府は列強各国との貿易の中で「茶」が外貨獲得に非常に大切なものだと分かっていました。

1859年横浜が開港したその年に緑茶が180トン輸出されています。
ちなみに、2019年1月~5月に輸出された緑茶は約2400トン日本茶輸出促進協議会HPよりで、横浜開港した10年後にはおよそ6000トンの茶が輸出されていたというからすごいことです。

世界的にも、また輸出の最大相手国であるアメリカも緑茶より紅茶を求める声が大きくなっており、日本は早急に紅茶を増産しなければいけなくなりました。
※イギリスでの爆発的な紅茶ブームが少し遅れてアメリカにやってきたものと思われます。

1874年に明治政府は「紅茶製法書」を編纂し、各府県に配布して紅茶製造を奨励しました。
また、中国から二人の技術者を呼んで、九州四国の<ヤマチャ>を使って中国式の紅茶を作るように指導します。(ヤマチャ⇒山の中で自然に育っている茶木)

同時に、実際の海外の生産や製茶技術を学ぶため、「多田元吉(ただもときち)」を勧業寮に登用し、派遣させることに決めます。
彼は元々江戸の幕臣でしたが、明治維新後に駿河(今の静岡)で茶業(茶生産等)に尽力していました。
※勧業寮とは、内務省に設置された殖産興業を担当する部署のこと

1875年、彼はまず清国(今の中国)へ派遣され、茶の栽培法、紅茶の製法などを学び、製茶機械や茶の種を持って帰ります。

元吉は清国からの帰国後、すぐに今度はインドへ渡ります。
日本人で初めてダージリンやアッサムへ行き、製茶機械を模写し、茶の種を持って帰ってきたのが多田元吉です。




1877年に帰国。
帰国後、内藤新宿試験場や静岡県丸子に持ち帰った原木を植え、紅茶品種の栽培を行い、国産紅茶の普及のために丸子で増産した種や苗を持って、全国各地を回ります。
※内藤新宿試験場は現在の新宿御苑の場所にありました。

そして、最新の紅茶製造をインドで学んだ元吉は、失敗に終わっていた中国式紅茶ではなく、インドの製茶法を改めて高知県で作るよう指導に当たります。
他にも、静岡、三重、滋賀、福岡、熊本、大分、長崎、鹿児島等も周り、紅茶製造の指導を続けます。

1878年には政府が「紅茶製造伝習規則」を発令し、各産地に紅茶伝習所を設置しました。
その甲斐あって、1892年には150トンほどの紅茶が全国で生産されます。

しかし、日清戦争(1894-1895)や日露戦争(1904-1905)の間にインド、スリランカの台頭により、日本の紅茶の輸出は落ちますが、1929年の大恐慌の折にはインド、スリランカ等の茶業者が輸出制限を行ったため、日本の紅茶の需要が急増し40トン程度の年間輸出が数年で6000トンまで急激に伸びました。

第二次世界大戦が始まると、1945年には年間130トンほどに激減しますが、戦後には少しずつ復興し、1955年には8500トンほど生産の内、5000トンほどの紅茶を輸出しています。

しかし、1971年の紅茶輸入化に伴い、インドやスリランカの高品質で低価格の紅茶が急激に増え、日本の紅茶はほとんど壊滅状態となります。

緑茶の国内需要は伸び、栽培面積も広がっていましたが、缶飲料やペットボトル飲料の台頭により次第に伸び悩み、一番茶しか売れない時代となっていきます。
紅茶の製造に一番向いていると言われる二番茶を緑茶から紅茶に切り替える農家が増え、次第に各産地で地場の紅茶を作る方たちが増えていきました。

今では、紅茶用品種で、インドやスリランカや中国にも負けないような日本独自の紅茶があちこちで生まれています。

2019年、これから和紅茶に出会えるイベント

北の茶縁日和(9/6.7 札幌)終了

ジャパン・ティーフェスティバル2019(10/19.20 東京)終了

世界お茶まつり2019(11/7-11/10 静岡)終了
3年に一度の茶の祭典!「世界お茶まつり2019」に行ってきました。<概要編>
世界お茶まつり2019!<セミナー編①>「幻の極上セイロンティ~ゴールデンティップス&シルバーティップス~」
世界お茶まつり2019!<セミナー編②>「熟成を愉しむ 晩茶の未来を考える」
世界お茶まつり2019!<セミナー編③>「日本茶のビンテージを知る」
世界お茶まつり2019!<セミナー編④>「茶の品種から考える<これまでとこれからの日本茶>」

第15回地球にやさしい中国茶交流会(11/23.24 東京)

紅茶フェスティバルin尾張旭(11/24 名古屋)

第18回全国地紅茶サミットin愛知(12/8.9 豊橋)←8/29追記

日本茶AWARD2019

上記はかなり大きなイベントになりますが、和紅茶だけではなく、和烏龍茶等も販売されている方もいらっしゃいます。

生産者の声が聞ける、貴重なイベントです。

中にはグランプリを決めるものもあり、多くの方が好む和紅茶の傾向をつかむことが出来ますので、まずは賞を取ったものから飲んでみるのは非常におススメです。

他にもあちこちで和紅茶を作っている生産者が出店しているイベントや飲めるカフェ、雑貨屋などもありますので、気になる方は是非探して見てください。

ネットで購入できる和紅茶



「べにふうき」と検索すると、たくさん和紅茶が出てきます。
今、一番多く使われている和紅茶の品種はべにふうきではないかと思います。(筆者統計)

べにふうきは前述の多田元吉がインドから持ってきた種の中から選抜された品種(べにほまれ)を親に持っています。
日本育ちでインドの血を引いています。

実は日本には紅茶用の品種がいくつかあります。
品種の話はまた別の記事で書きたいと思います。まとまらないから。。

べにふうきはアレルギーに効く「メチル化カテキン」を多く含むということで有名になったこともあります。
ただし、紅茶にすると残念ながらメチル化カテキンの効果はなくなってしまうようです。

抗アレルギー効果を求めるならべにふうき緑茶をどうぞ。
※茶は薬ではありませんのでご了承ください

結び

筆者が紅茶にはまりだした20年ほど前は、和紅茶がそれほど浸透していなかったように思います。(もしかしたら知らなかっただけかも知れませんが…)

そして、非常に残念なことに二番茶が売れないからと、緑茶用品種(主にやぶきた)を緑茶用の機械で紅茶(のようなもの)を作っていた方が圧倒的に多かったと思います。

当時和紅茶和紅茶と言われるようになった時にその「はっきり言って適当に作った二番茶の紅茶」を飲んだ方たちは今でもトラウマを抱えている人が多いです。
それが冒頭の後者の方たちです。(二度と飲みたくないという言う方たち)

青みがかっていて、渋みではないえぐみがあり、飲むと胃が痛くなるようなものがたくさん世に出回っていたのです。

筆者も一時期は警戒しながら飲んでいましたが、ここ数年はコンテストやグランプリが行われるようになったこともあってか、非常にレベルの高い和紅茶も増えています。

人件費等を考え合わせると、正直まだまだレベルの割には価格の高いものが多いですが、和紅茶の未来は明るいと感じられるものが次々に出てきています。

美味しい和紅茶を作っている生産者の方の商品は毎年少しずつでも購入するようにしています。
これからもずっと美味しい和紅茶を作っていっていただきたいから。

筆者のような一般消費者にできる、唯一の応援です。

和紅茶に興味を持っていただいた方はまずはどこかで購入して飲んでみてください。
そして、それが口に合わなかったとしたら、くじけずに他のものも試してみてください。(SNS等で評判を聞いてみると、お茶好きさんは恐ろしいほどコメントしてくれます。笑)

そして、機会があればイベントに行って、生産者の想いを聞いてみてください。

きっと心が震えるほどの素敵な出会いがあるはずです。



入間市博物館ALITの「お茶の博物館」にて狭山茶について学ぶ

先日、入間市博物館ALITへ行ってきました。

ALITお茶大学】では「お茶」と「地域」をテーマに年間を通して様々な講座を行っており、生産地全体で「地元のお茶」を盛り上げています。
お茶好きな人はたまらない講座などもありますので、筆者も今後要チェックです。

▼場所はこちら

博物館ですので、小さなお子様も楽しめるような展示(こども科学室等)もあるのですが、いそいそと「お茶の博物館」へ。(とはいえ、一通り見ました。うっかり童心に帰りました。)



狭山茶の特徴



「色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山でとどめさす」

なんとなーく、どこかーで聞いたことのあるこのフレーズ。

また、「狭山火入れ」という、いわゆる「火香」が強いのが狭山茶の特徴であると聞いたことがある方も多いかも知れません。

「狭山火入れ」について著名な生産家の方に伺ったところ、「昔はすべて焙炉の上で手で茶を作っており、当然乾燥機などはない。そのため、焙炉でしっかりと乾燥させることで自然と火香がついたものだと考えられる。」とのことでした。

強火で茶を焙じた場合ほうじ茶になりますが、「火香」はあのほうじ茶の香りの弱いものだと考えていただくと分かりやすいかと思います。
※香りの成分的に強弱があるだけなのかどうかはわからないですが…

一般の煎茶より少し高温で火入れ(焙炉乾燥)をすることにより、茶葉は若干白くなり、水色も少し黄金色になるようです。

また、狭山は茶の生産地としては少し寒い場所のため、葉が肉厚になり、蒸し時間を長くしなければ静岡や宇治のような形状に揉めなかったのかも知れません。
そのためか、形よりも味を重視して作られてきたという歴史があるとのことです。

狭山茶にはこっくりと甘味があり、味わい深い印象を筆者も受けます。



狭山茶の歴史

「狭山茶」の多くはこの博物館のある入間市で生産されています。
しかしながら具体的にいつ頃から茶の生産が始まったのかは歴史上はっきりとしていません。

南北朝時代(1337-1392)の「異性庭訓往来」(往復の手紙形式で、寺子屋等で使われた初級の教科書)には、【武蔵川越(むさしのかわごえ)】と【武蔵ノ慈光茶(むさしのじこうちゃ)】という名が有名な茶生産地として登場します。

【武蔵川越(むさしのかわごえ)】は川越市小仙波町にあった「無量寿寺(むりょうじゅじ)」が発祥の地とされ、比叡山延暦寺から伝わったと言われているそうです。

一方、【武蔵ノ慈光茶(むさしのじこうちゃ)】はときがわ町にある天台宗の古刹「慈光寺(じこうじ)」が発祥の地とされています。
※栄西の弟子の栄朝が鎌倉時代の慈光寺の住職だったため、抹茶の製法が伝来したのではないかと言われているそうです。

しかし、どちらも関東の天台宗の大寺院であったため、戦国時代には後北条氏(小田原北条氏)によって焼き討ちされてしまいます。
茶を生産していた有力寺院が無くなったことにより、「川越茶」と「慈光茶」のブランドもここで消えていくこととなります。

しばらく狭山茶は途絶えますが、江戸時代後期に宇治の蒸し製煎茶の高まりから、狭山も蒸し製煎茶の製法を習得した者たちにより、狭山茶が復興します。

幕末には横浜が開港し、狭山茶も横浜からアメリカ(北米)へと輸出されます。
有力な茶業者により、「狭山会社」が作られ、アメリカへの直輸出等も行っていったようです。

茶業組合や茶業伝習所があちこちに作られ、その後は機械製茶も始まり、昭和3年には埼玉県の茶業研究所も開設されます。

第二次世界大戦中からしばらくは再度荒廃してしまいますが、割と早くに復興を遂げ、昭和30年~40年代には大きく生産量を伸ばしていきました。

 


埼玉県公式HPより引用

結び

筆者は狭山茶はもっと大きな生産地だと思っていました。
統計を見ると、栽培面積も生産量も思ったよりは多くないんですよねー。

単純に狭山茶にゆかりのある知り合いが多いのか、著名な生産者の方のネームバリューなのか…。

狭山茶は「自園・自製・自販」が主流だそうです。
例えば静岡や鹿児島等の大きな産地では茶の生産、加工、流通が分散化されており、消費者の手に渡るまでは時間も労力もかかります。(中間マージンも発生)

つまり、小さな生産者でも自ら茶を作り、販売することで高い利益を得ることが出来ます。(出来る可能性がある)
これは狭山茶の大きな特徴であると考えられます。

また、埼玉県全体で狭山茶を押している空気はひしひしと感じますし、ALITお茶大学のニュースも全国版で見たような気がします。(うろ覚え…)

昔縁あって入間市に数年間通っていた筆者としては、狭山茶の増々の飛躍を楽しみにしています。

それほど大きな茶の展示ではないですが、トップ画像のような「製茶仕入帳」という素晴らしい展示があったり(中は見られないので残念…)、昔の焙炉が展示されており、茶室があったり、かなり楽しめました。↓

また、受付でお願いすれば、茶に詳しい方が解説をしてくださるサービスもあるそうですので、是非ご利用ください。



狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展(令和元年7/27~8/4)

先日「狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展」へ行ってきました。

高林謙三、をご存知でしょうか?
ご存知だという方はかなり日本茶に詳しいはずです。マニア…?
筆者は数年前に某インストラクターの勉強をしていた時に初めて知りました。。

現在の日本茶が大量生産ができるようになったのは間違いなく彼の功績です。
展示の写真とともに、高林謙三の歴史や功績を追ってみたいと思います。

高林謙三という人について





1832年武蔵国高麗郡平沢村(現在の埼玉県日高市)生まれ。
日本の古医学を学び、医者として開業。

欧米諸国と通商条約を結んだ日本の輸出品は生糸と茶であり、茶の生産量を増やすことが急務だと考えた謙三は川越に土地を買い、開墾して茶園経営を始めます。

しかし、従来の手揉製茶法では一日に作れる茶の量は限られるため、製茶機械の開発に取り組み始め、医者として蓄えた財産を製茶機械開発に投じていきます。

試行錯誤の末に1884年(明治17年)に「焙茶器」が完成。
翌年には「生葉蒸し器」と「製茶摩擦器械」も完成。
特許も取得しましたが、止むことなく次々と新しい機械を世に生み出していきます。
1886年(明治19年)には「茶葉揉捻機」でも特許を取ります。

謙三は「自立軒製茶機械」という、蒸しから乾燥までを一括で行う、つまり製茶機のオートメーション化を目指していました。
その開発のために医者を辞め、命を懸けて取り組みます。
しかし、完成したと思われた「自立軒製茶機械」は失敗に終わります。

その後も諦めずに製茶機の開発を続け、1897年(明治30年)に「茶葉揉乾機」を完成。(現在の粗揉機)

現在の製茶機の基礎を作った人として歴史に名を残します。
謙三の作った製茶機はいまだに「高林式製茶機」と呼ばれています。

参照:お茶街道文化会

「狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展」について

★日時:令和元年7月27日(土)~8月4日(日)
★場所:高麗神社 参集殿2階 大広間
★開催時間:9:00~16:00(入場無料)
※トークセッションが7/28、8/4に行われていましたが、筆者は参加できず…


↑こちらが高麗神社


↑「蒸す」道具の変遷
現在も正式な手揉茶は、丸蒸籠のような「まんとう」というもので生葉を蒸しています。(まだ実際には見たことないのですが…。)


↑茶葉蒸熱機(通称、青葉蒸機)


↑生葉蒸器械複製
1884年(明治17年)特許第2号
丸蒸籠より蒸しムラがなく、大量に生葉を蒸すことが出来るとのこと。

こちらの「高林式粗揉機」の中を見ると、今の粗揉機と全く同じであることが分かります。

小さいですが、「旅の思い出2019年5月‐京都府茶業研究所②(製茶機械)‐」にミニチュア製茶機の写真を載せていますので、よろしければ見比べてみてください。



結び

何が彼をこんなにも駆り立てていたのか考えていました。

財を捨て、命を懸けて、死の間際まで製茶機械を作り続けた彼は日本茶のどんな未来を描いていたのでしょうか。
今は彼の思い描いた未来になっているのでしょうか。

実は筆者、製茶機械を先に見るよりも手揉茶を体験しました。

手揉み茶体験の初回、先生に「この手の動きすべてが今の製茶機械の元になっている」ということを聞き、しばらくしてから実際に製茶機械を見る機会に恵まれました。

手で葉を揉みながら製茶機の動きを想像すると確かに同じで、感動したことを改めてい出します。

本で名前と功績だけは知っていたものの、実際に謙三の生き様等は知りませんでしたので、今回非常に勉強になりました。

▼手揉み茶の記事はこちら

ちなみに、「色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山でとどめさす」とよく聞くフレーズがあります。
狭山茶は火入れが強く、甘いお茶ということなのですが、筆者はまだ「これがとどめをさす狭山茶か!!!」というお茶は飲んだことがありません。

これから探してみたいと思います。
↓こんなお茶???

旅の思い出2019年4月‐第28回さぬき二ノ宮ふる里まつり(香川県)‐





色々飛び飛びのブログです。。
5月の茶旅の続きから少し遡り、非常に心に残ったとあるイベントのこと。

今回の4、5月の旅では丁度新茶シーズンということもあり、2つのお茶のイベントに参加できました。

一つは宇治新茶 八十八夜茶摘みの集い(2019/05/02)。
もう一つが今回ご紹介する「第28回 第28回さぬき二ノ宮ふる里まつり」(2019/04/29)です。
▼「宇治新茶 八十八夜茶摘みの集い」(2019/05/02)関連記事:

ほんわかした高瀬茶のイベントについて、(いつも以上に)軽めにまとめます。

第28回さぬき二ノ宮ふる里まつり(香川県)について

場所はこちら。

高瀬茶業組合周辺では茶摘み体験、茶畑ろ~どウォークが行われ、二ノ宮小学校の入り口ではうどんや筍のてんぷら等の販売。
グラウンドではライブや手揉み茶実演、バザー販売等盛りだくさん。

★日時★
平成31年4月29日(月・祝)
午前9時~午後3時(小雨決行)

当然、茶メインでの参加の我々。(いえ、うどんは食べまして、非常に美味しかったですけれども。)

まずは朝一で茶摘みを。

こちらはやぶきたの畑のようです。
他の品種を育てているところもあると聞きました。(めいりょく、べにふうき等)

新芽が元気いっぱいで、力を入れなくてもぽきぽきと自然に折れてくれます。
旅の途中ですので、ほんの少しだけ摘んで終わりにしました。

ちなみに、いくら摘んでも100円!!!
年配のおじさまとおばさまが鬼のように摘んで、袋にたっぷり入れて持ち帰ったのを見逃しませんでした。業者の人?!っていうレベルの摘み具合…。

胸に残る「茶畑ろ~どウォーク」





茶摘みから二ノ宮小学校へ向かう途中、当然「高瀬茶業組合」で新茶を購入。
二ノ宮小学校で、うどんと筍ごはんとてんぷらをモリモリ食べて、グラウンドを見て回り、その後「茶畑ろ~どウォーク」へ。

「茶畑の中を歩きながら、スタンプラリーをし、豪華賞品をもらおう!」というような内容。(少々適当)

茶畑の中を歩けるなんて、最高!とカメラのレンズ調整をしながら、いざ出陣。

ん?

あれ??

筆者の知っている茶畑とはどうも様子が…。(;^_^A

ジャングル…???!!!

細かいことは存じ上げませんが、放棄茶園らしき、手入れしていない茶畑があちらこちらに…。

茶は通常機械で摘み取ることが多いので、あまり伸びてしまわないように刈り揃えるのですが、刈ることすらされずに自然と上に伸びています。(しかも元気いっぱい)

とはいえ、茶好きな人間としては、こういうところを近くで見られるのも面白い訳でして、写真を撮りまくりました。

小さな新芽が必死で生きています。

人間の手が加わっていないため、あちらこちらから新芽を伸ばそうとしています。

野性味あふれる茶の木…!!!
素敵だ…!!!←変態(たち)

歩みを進めていくと、少し小高い丘へ。


※写真はいつか直します…。どうしても横になる…。

こちらはおばあちゃま一人で「茶」と見えるように茶の木を植えて、管理をしているそうです。

映える!!!(興奮)

この「茶」が見える場所にスタンプラリーポイントがあり、ハンコを押してもらうのですが、そこにいたおばちゃまが近くで柑橘類の栽培をしているそうで、なんと無料でふるまっていました。(おばちゃんは「売る」って言っていたけど、それは多分「あげる」が正しいよ…?)

丁度無くなっていたのですが、旅の途中なので「ま、いいか」とおばちゃんとお別れ。

さらに道を進んでいくと、

あ、茶畑らしくなってきた!!!

そうそう、筆者の知っている茶畑はこういうやつ!!!

…いや、もしかしたら多くの人が茶畑と思っている茶畑は、本当の茶畑ではないのかもしれない…とかいろいろなことを考えながら、ぼちぼちと歩いていると、先ほどのおばちゃんが軽トラで登場。

袋一杯のいよかん?やら金柑やら(しかも枝ごとw)を袋に入れて、「持っていきなー」と追いかけてくれました!

わーーーー!!!!
すげーーーーー!!!
おばちゃん、ありがとう!!!!

とテンションは上がったものの、現在6キロの道のりの半分ほど。
恐らく5キロ以上はあるであろう大量の柑橘類入りの袋…。

それを持たされた方の「思いが重い…」という名言をここに記しておきます。

その後は整備された茶畑を離れ、神社を通過し、果てしなく続く道路を汗だくで歩いていると、神社のスタンプラリーポイントにいたおじさんが再び軽トラで登場。

「もうスタンプラリー終わったから、これあげるわー」

と、参加賞のペットボトル入り茶やお菓子を下さいました。
っていうか、終わったんだ…w

わーーーーーー!!!
おじちゃん、ありがとうーーーー!!!!

「思いがさらに重くなった…」という名言②とともに、まだまだ続く道のりをひたすらに歩き、二ノ宮小学校に戻ったのでした。



結び

地元の美味しいうどんや、筍と地元の方たちの優しさに触れて、非常に心温まる楽しいイベントでした。

元々は茶を手で摘んでいたのだから、きっと放棄茶園のように上に伸びる茶の木から新芽を摘んでいて、そこから管理しやすく腰くらいの高さに刈り揃えるということをするようになったのでしょうし、「茶畑ろ~どウォーク」では茶栽培の進化を見せてくれたような気がしています。(意図しているのかどうかは知りませんが…)

また、この温かい土地での茶の栽培も下火になってきているのではないかと心配になったり…。

 

何より素晴らしいと感じたのは、地元の方たちがとても楽しそうにイベントを行っており、老若男女問わず多くの方が集まってきていたこと。

綺麗で美しい茶畑ばかりではないけれど、「茶」が生活に自然な形で取り込まれているのを見たこと。

仕事柄、日々都会的でちょっと尖ったお茶ばかりを好んで飲んでしまいますが、この素朴で温もりのある高瀬のお茶を飲んだ時、心から「ほっ」としたのを今でも忘れません。

こういう「茶」もいいなぁと心から思ったのでした。

本当に楽しいイベントでした。
是非来年も参加したいです!

旅の思い出2019年5月‐京都府茶業研究所②(製茶機械)‐




もう8月となってしまいましたが、5月の旅を振り返りたいと思います。(いまさら感が酷い…)
先日ご紹介した<旅の思い出2019年5月‐京都府茶業研究所①(玉露の本ず栽培)‐>の続きとなります。

さらに昨日アップしたインド紅茶局の方が作った小さい製茶機械の記事も合わせてご覧いただけると幸いです。

小ロットで製茶ができる機械セット~インド紅茶局スタッフが作った小さな製茶機械セット~

蒸し製煎茶の作り方

宇治新茶 八十八夜茶摘みの集いに伴う京都府茶業研究所の見学には、蒸し製緑茶の製茶機械の説明がありました。

写真多め、説明少な目(?!)で製茶機械のご紹介をしていきたいと思います。

日本で主流の<蒸し製緑茶>は生葉を収穫して、すぐに酸化酵素を熱で壊し、そこから揉んで、形を整えて作られます。

工程としてはざっくり以下となります。

<摘採(茶葉を摘む)>

<蒸熱(茶葉を蒸して急冷)>

<葉打ち、粗揉(水分を切りながら、軽く揉む)>


<揉捻(水分を均一にするため揉む)>

<中揉(ほぐしたり、軽く揉んだり整えたり)>

<精揉(形を整えながら、乾燥を進める)>

<乾燥(茶葉の水分含有量を5%くらいまで乾かす)>

 

ざっくりが過ぎますが、このような流れです。

製茶工場見学(京都府茶業研究所)

では、製茶の機械を見ていきましょう。

こちらが蒸し機です。
<蒸熱(じょうねつ)>の工程に当たります。

生葉を入れ、高温の蒸気に当てて葉の中の酸化酵素を一網打尽にします。


なぜかどうしても縦になってくれません…。

<粗揉機>は飛ばして、<揉捻機>です。
こちらでは茶葉に圧は加えますが、熱は加えません。
茶葉全体の水分を均一にする目的があります。

35Kですので、かなり小さいです。
メーカーによっても違うのかも知れませんが、寺田製作所では、35K、60K、90K、120K、200K、250Kとあるようです。

そして、<中揉機>。
<揉捻機>から出た茶葉は丸まっていたりするので、ここでほぐしたり、さらに軽く揉んだりします。

手揉み茶を体験すると、非常にこの流れがよくわかるようになります。
手揉み茶の記事はこちら

こちらは<精揉機>。
茶葉を細く撚る工程となります。
合わせて、乾燥も進めていきます。


なぜかどうしても縦になってくれません…。パートⅡ

<乾燥機>です。
棚型の乾燥機でした。
この工程で13%ほど残っている水分を5%まで下げます。

 

で。
ざっくり写真を入れて説明をしてみたのですが、ところどころ無い(粗揉機とか)機械もありますし、わかりやすいように動画を探してきました。←今までの説明全部無駄w

ちなみに、筆者は製茶工程がなかなか覚えられず、某インストラクター試験の前はYouTubuで動画を見まくりました。
下の動画に出てくる工場は3年前ほどに伺いましたが、製茶機械もそれほど大きいものではなく逆に工程が分かりやすいかと思いますので、参考にどうぞ。




マニア涎垂の…

ここまではどこの茶工場でも大きさは異なりますがあります。

筆者がテンション上がりまくったのは上記機械のミニチュアです。

2Kって!!!
先ほど寺田製作所の最小が35Kな訳ですよ。

それが2K!!!
欲しい。←漏れ出る本音

ちょっとした実験用に使用したりするそうです。
以前静岡の金谷に行ったときも同様の機械があり、欲しい欲しい欲しい…とずっと言っていたのを記憶しています。

昨日インド紅茶局の方がお作りになった製茶機械の話もそうですが、ミニチュアが昔から好きな筆者は小さい、というだけで胸がときめきます。←

ということと別に、ちょっとだけ製茶をしたいという時にこのサイズは非常に良いなぁと思います。(小ロットで様々な種類のお茶が作れるから)

欲しい。
ただ、欲しい…。

結び

製茶機械は個人の方が所有している小さな機械も見たことがあります。
とはいえ、茶工場では1日に処理する生葉の量が多いので、大きい機械がメインかと思います。

5月の旅はすべて書ききれる自信がすでにありません。。
書きたいことは山のようにあるので、少しずつ更新をしていきたいと思います。

そして気づくとどんどん本性が出てきた文章になっているな、と実感中。
最初は固い感じで書き始めたんですけどね。
最近の軽いこと軽いこと。

まぁ、いいでしょう。

全然関係ない結びでした。←




旅の思い出2019年5月-日本最古と言われる日吉茶園-

ちらりとですが、日本最古の茶園と言われている日吉茶園を見ることができました。

≪日本最古の茶園≫と呼ばれているところは2か所あります。

一つは「栂尾山 高山寺」。
もう一つが今回見に行くことができた「日吉茶園」。

日吉茶園の場所はこちら

 

日吉茶園と天台山について




805年(延暦24年)最澄が中国浙江省天台山から、茶の種を持ち帰り植えたとされています。

最澄が一番多く学んだのが天台山だったそうで、天台山は「雲霧茶」という緑茶も作られています。
(残念ながら筆者は飲んだことがないのですが)

中国の辞書サイト「百度百科」で≪天台山雲霧茶≫を検索すると、
雲霧茶の説明とともに、「公元804年,日僧最澄天台山拜师学法,回国时带去茶籽,播种在比睿山,人称“日吉茶园”。」と記載があります。

同じく「百度百科」によれば、雲霧茶が作られているのは海抜800m~900mのところで、年間平均気温は12.2℃。
年間降水量は1900mmで、夏は涼しく、冬は寒い気候だそうです。
茶は日本のように畝になっているわけではなく、点々と植えられており、その間には寒さや風を防ぐために他の木が植えられているとのこと。

日本も冬は寒くなりますので、こうした環境で育っている茶の種なら問題なく根付いたことでしょう。

現在の日吉茶園

お茶好きな方でここまでお読みいただいた方でしたら、きっとワクワク感があるのではないかと思います。(勝手な思い込み)

では、日本最古と言われている現在の日吉茶園のお写真を!!!

あれ?!
案外小さい…。
数秒で一回りできるほどの大きさです。

ですが、大切に管理されていることが分かります。

新芽は力強く伸びています。

この木たちが、はるか昔、浙江省の天台山からやってきたのかと思うと胸が熱くなりますね。(筆者だけでしょうか…?)

何年か前にDNA鑑定を行ったところ、確かに天台山の茶樹と同じものであったことが分かったそうです。(論文を見つけることはできませんでしたが…)




結び

思っていたよりは少々小さいものでしたが、毎年ここで新茶が摘まれ、日吉大社と延暦寺にお供えされるというニュースを見ていましたので、感慨ひとしおです。

参照:御鎮座1350年祈念事業 日吉茶園お茶摘み体験(5/2-5/5)のご案内

20株ほどしかないため、一握りしか茶葉は摘めないそうですがご利益がありそうです。

また、こちらの日吉茶園だけでは販売できるほどの収量がないため、こちらの木を分けて甲賀市で栽培され、そのお茶が2017年頃から販売されています。

中川誠盛堂茶舗

筆者も以前お茶仲間とこちらのお茶をいただきました。
ワイワイ騒ぎながら飲んだためあまり記憶にないのですが、最澄が中国から持ってきた茶種の遺伝子を持った希少な茶であると思うと、もっと大切に飲めばよかったと後悔しきり…。(;^_^A

またこの背景を踏まえた上で、今度はしっかりと味わいたいと思います。

そして次に京都に行く際にはもうひとつの高山寺を目指します!

 

旅の思い出2019年5月-京都府茶業研究所①(玉露の本ず栽培)-

GWに茶旅をしてきました。
プロフェッショナルの友人にアテンドしてもらい、あちらこちらに連れて行ってもらいました。
頭が上がりません。ありがとう!!

筆者がまずテンションマックスになった数か所からご紹介しようかと思います。

京都府農林水産技術センター 農林センター茶業研究所

茶業研究所は全国にいくつかあります。
静岡、熊本、三重、埼玉…などなど。

筆者は数年前に静岡の「野菜茶業研究所 金谷茶業研究拠点」の見学をさせていただきました。
その時もテンションが降り切れんばかりに写真を撮りまくりました。

茶業研究所では、その名の通り茶の研究を行っています。
業務内容は多岐に渡りますが、例えば、新しい品種の開発等が行ったり、茶業の指導などを行っています。

今回筆者は「宇治新茶 八十八夜茶摘みの集い」という5/2に行われたイベントに参加し、茶業研究所の見学をしました。
手揉茶の体験、茶摘み体験などなど様々なイベントが行われており、研究所の中も一部のぞくことができます。
なかなか一般人は中に入ることがありませんので、こうした公開イベントは非常にありがたいです。

参照:宇治新茶 八十八夜茶摘みの集い



宇治と言えば…

宇治と言えば、抹茶を思い浮かべる方も多いかと思います。
★以前の抹茶の記事はこちら

もしくは玉露を思い浮かべる方もいらっしゃるかも知れません。

抹茶も玉露もどちらも覆いを被せて、摘み取る前に日光を遮ることによって旨味を増す栽培方法になります。
これを「覆い下栽培(おおいしたさいばい)」と言います。

日光を遮ることにより、旨味の成分テアニンがカテキンに変化するのを防ぐことができます。(ざっくり説明)

その覆いをかける方法にはいくつかあります。

①支柱を立てて覆いをかける

 

②直掛け

「直掛け」はその名の通り、茶葉に化学繊維を直に掛けます。
めくると、緑の葉っぱが元気に出てきます。

この黒い化学繊維は「寒冷紗(かんれいしゃ)」と言います。
霜害を防ぐために掛けることもあります。
こちらでは、いつ頃どれくらいの遮光率のある寒冷紗をかけているのか、実験を行っているようでした。(それぞれに札がついていました)

他にも、野菜のようにアーチ形に支柱を立て、そこに繊維をかける方法もあるようです。(筆者はまだ生では見たことがありません)

野菜を育てている畑などでも見かけるので、見たことがある方は多いかと思います。
最近は色も黒や白だけではなく、様々販売されていますね。

煎茶の場合は、直射日光に当たったまま摘み取られますが、抹茶や玉露、かぶせ茶は摘み取りの数週間前から数日~数週間覆いをし、旨味成分が多く、柔らかい芽を育てます。
※日数や期間などはその年によっても異なりますし、作る茶種によっても異なります。

昔はどうやって作っていたの?

16世紀後半にはこの宇治で「覆い下栽培」が始まったといわれています。
これが千利休をはじめとする、抹茶のスタートです。
※ちなみに、煎茶はさらにあと、江戸中期くらいに作られるようになります。

千利休の頃、さすがに今使用している化学繊維の寒冷紗はないですよね…。
どうやって覆っていたのでしょうか…。

その時代は、「本ず栽培」でした。

「本ず」というのは、<よしず>と<藁>で茶を囲う栽培方法です。
<よしず>はすだれのようなもの。
<藁>は…わらです。

<よしず>は実家の日よけに、昔使っていたのを思い出します。
<よし>の別名は<あし(葦)>というイネ科の植物です。

かの有名な「人間は考える葦である」の<あし>です。
※フランスの哲学者、パスカルの名言



横道に逸れましたが、つまり天然の植物を使用して覆いを作っていました。
当然、今のように支柱は金属ではありません。
竹などを組み合わせ、その上に命綱もつけずに乗っかり、藁を敷きます。

とんでもない手間と労力がかかることは想像に難くないですよね。
風が強ければ、藁は飛んでいくでしょうし…。
当然、化学繊維が現在は主流です。

なんと、今回、茶業研究所でその「本ず栽培」を見学することができたのです。
ここはとんでもなく、テンションが上がりました。(マニア)

<本ず>の中に入ると、少しだけひんやりしました。
丁度前日に雨が降っていたということもあり、下がぬかるんでいました。

歩くと、ふわふわと柔らかい土を足裏に感じます。

一方こちらは、化学繊維の寒冷紗。

半分ずつになっているため、<本ず>と<寒冷紗>をどちらも体験できました。

入り口で職員の方がご説明してくださっていたのですが、寒冷紗の方が黒いということもあり、熱がこもりやすいそうです。
確かに寒冷紗を下から触ると熱いのですが、よしずは熱をほとんど感じません。
そして、よしず下の土は柔らかかったのに、寒冷紗下の土は少し硬い印象を受けます。
おそらく、藁が落ちて土を柔らかくしているそうです。

さらに、<本ず>はなぜか寒冷紗より紫外線を通さないそうです。

茶業研究所での研究結果により、明らかに紫外線量に違いがあることが明らかになっているとのこと。
そして、官能検査による味の違いでも、<本ず>栽培のお茶の方が美味しいという結果が出ているとか。




結び

「本ず体験」をしながら、

昔の人、すげぇ。

と何度呟いたでしょう。
※感想が貧相

職員の方も仰っていましたが、今後もっと科学が進めば<本ず>を越えるほど紫外線を防ぐ寒冷紗も登場するのだと思います。

現在<本ず栽培>を行っている茶畑は、数えるほどしかなく、希少な存在になっています。
数年前には京都府で「本ずづくりプロジェクト」という活動を行っていたようですが、最近はどうなったのでしょう…。

一番最初に<よしず>と<藁>を使って、「本ず栽培」を考えた人もすごいですし、それで作ったお茶が美味しいと分かった人たちもすごいなぁとただただ昔の人の知恵に脱帽です。

昔の栽培と今の栽培を比べることができる、という貴重な体験をさせていただいて感無量でした。

茶業研究所にはまた是非伺いたいと思います。
他にもお伝えしたいことがたくさんあるのですが、今回はここまでで。

三井農林の「お茶科学研究所」の研究がすごい!

お茶が体に良い効果をもたらすという研究は世界的になされています。
その都度新しい研究結果が発表され、茶の健康効果等については日々進歩していると感じます。

茶の≪特定保健用食品(トクホ)≫を謳っているペットボトル飲料も気づくと新しいものがどんどん増えています。
特定保健用食品についてはこちら

茶の健康機能で最近話題になったのは紅茶の「インフルエンザ予防」でしょうか。
その記事はこちら

そして、つい数日前に新しい研究結果が出たというニュースを発見しました。




紅茶の香りが睡眠の質を向上させる効果がある?!

インフルエンザ予防に効果的とかがん抑制効果があるとか、健康効果が高いといわれる紅茶。
その紅茶の香りには癒し効果の他に快適な眠りに有効な効果があることが明らかになったそうです。

三井農林では2018年から鹿児島県西之表市と筑波大学との協力の元、西之表市の高齢者に対する<生活の質(QOL)支援活動>を開始し、その一環として紅茶の香りが高齢者の生活の質を向上させることを目的とした研究も行ってきたそうです。

研究内容としては、西之表市に住む年齢75歳前後の高齢者16名を対象に「紅茶の香り」または「水」のアロマディフューザーを寝る前に使用して拡散し、1か月間継続してもらう中での睡眠の質について調査を行ったものです。

紅茶の香りを嗅いだ場合は、睡眠の質の上昇、認知機能の上昇、うつ気分の改善が見られたとのこと。
※研究の成果は第20回日本健康支援学会年次学術大会等ですでに発表されているとのこと。

 

三井農林の「お茶科学研究所」が熱い

三井農林といえば、知らず知らずに皆様お世話になっているかと思いますが某大手ファミレスなどのドリンクバーに使用されている「WHITE NOBLE TEA」やスーパーで必ず見かける「日東紅茶」が有名です。


筆者にとっては昔から身近に当たり前のようにあった紅茶のイメージが強いです。
(多分多くの方が同じ感想だと思いますが…)

その三井農林で行われているお茶の研究、「お茶科学研究所」が熱いです。

お茶好きな方なら見たことがあるかと思いますが、日本人の感性に合わせた紅茶のキャラクターホイールを作って話題になりました。

参照:三井農林 お茶の科学研究所

こちらが発表されたのは確か2014年だったかと思います。
とても感動したのを今でも覚えています。
また、紅茶のティスティングをする際の参考にもさせていただいている貴重な資料です。

また、緑茶のキャラクターホイールもあるのです!
こちらも勉強になります。

 

参照:三井農林 お茶の科学研究所

筆者はこんなに素晴らしいものを惜しげもなく公表してくださる三井農林ファンになりまして、積極的に紅茶教室などで商品を使わせていただいております。
ありがとうございます。

純国産紅茶のティーバッグなども販売されており、長年様々なニーズに答え続けていらっしゃる茶業界にとっては重鎮の企業です。

お茶の科学研究所のHPをのぞくと、様々な茶の研究成果等も見ることができてとても興味深いです。
ちなみに日東紅茶のHPの紅茶占いが好きです。←
※大事なことを忘れていないか?とのお告げ。今日のおすすめはセイロンティでした。笑




結び

大手茶飲料の企業は様々な上述してきたような研究とともに、消費者の購買欲を刺激するような仕掛けを常に考えてくれていて、茶好きな人間としては常に注目です。

茶好きな方の中にはペットボトル飲料を毛嫌いする方もいらっしゃいますが、筆者はペットボトル飲料のおかげで今の茶ブームがあると言っても決して過言ではないと思っています。

様々な問題は常にあるものです。
目先の利益だけではなく、未来を見据えて茶について考えていくことは、今茶業に関わっている方(筆者レベルの人間も含めて)についての課題ではないでしょうか。

「昔は茶葉がたくさん売れて~」「今は急須を持っていない人ばかりで~」と恨み節ばかり言っている暇はありません。
前向きに、かつ多くの方が楽しめる茶の生産や販売を。

そういった意味で大手企業の参入は茶業にとって発展への大きな力になります。

三井農林の「茶の科学研究所」は今後も見逃せません。