世界お茶まつり2019!<セミナー編④>「茶の品種から考える<これまでとこれからの日本茶>」

今回の世界お茶まつりで筆者が参加したセミナーはこれが最後となります。
品種茶専門店心向樹の川口さんのセミナーです。

「茶の品種から考える<これまでとこれからの日本茶>」とはなんとも心惹かれるタイトルです。

数年前から品種に興味を持ち始めたものの、あまり詳しくないため心向樹さんのセミナーを今回とても楽しみにしていました。




品種茶専門店心向樹とは?

心向樹さんはお茶好きな方ならご存知かと思いますが、茶の品種をメインに扱っています。
例えば緑茶なら「やぶきた」と「さえみどり」と「おくみどり」等を販売しており、品種による違いを楽しむことが出来ます。

ありがたいのは一煎パックでも販売しているところです。
家で飲み比べが出来ます。

今まで品種ごとの飲み比べをする際、単一品種の茶を販売しているお店で購入していましたが、どうしても店によってクオリティが異なるため、品種の違いを感じるまでには至らないことが多々ありました。
そういった意味で一煎パック、ありがたいです。

さらに、茶の苗も販売していますので、お茶好きさんにはたまらないです。
一般の方が好みの品種の苗を手に入れるのはなかなか難しいことだったのです。
筆者もこちらで苗を数品種購入しました。(写真はいずみ)

埼玉にカフェもあるので、是非ご興味ある方は行ってみてください。
お茶のイベントにもよく出店されていますよ。

今年中に心向樹さんにお会いできるイベントは以下だそうです。

国産紅茶フェスティバル@愛知県尾張旭市 11/24

地紅茶サミット@愛知県豊橋市 12/8-9

どちらも愛知県でした…。

 

品種から考える“これまで”と“これから”

この「茶ート」は以前から見たことがあり、非常に素晴らしいと思っていました。
日本茶を鑑定する際に香りや味をみますが、正直ピンとこないことが多かったのです。。
こちらを見ながら茶を飲むと「そういえばサンルージュって渋みはあるけど香りはしないなぁ」というような自分の中での指針ができます。

さらに、「茶付箋」も非常に便利。

自分が飲んだ時の印象を書き込んでチャートにします。
この作業により、品種の特徴が自分なりに整理できるというもの。

静岡でお茶のツアーを行っている「そふと研究室」で主に製造しているそうで、心向樹にて監修をしているとのこと。

話がそれますが…。
そふと研究室はお茶に興味がある方におススメのツアーを多数行っています。
筆者も数回参加させていただいていますが、なかなか車がないと行けない場所にも案内してくれて、生産者の話を聞いたり、畑を見せてもらったり、作った茶を飲ませてもらったりできます。

他にも茶市場見学だったり、茶町歩きだったり、全く茶関係でない人も気軽に静岡の茶を満喫できます。
「茶処静岡に行ってみたいけど…」とためらっている方にはかなりおススメです。
※ちなみに茶マニアの人も楽しめる工夫がされており、非常に良いです。
※さらに、茶には関係ない富士山トレッキングツアーなども行っていますので、本当に静岡全部が満喫できます。




今回のセミナーで10種類の鑑定をさせていただきました。
茶付箋に自分の印象を書き込みつつ…。

最初に座学として、今回の10種類の品種の説明がありました。
品種の勉強をする際に必須の「新版 茶の品種」を参照しながら話は進みます。
こちらの本は品種の細かい情報が入っています。親は何か、茶農林〇号、何年に登録等
※こちらは公益社団法人静岡県茶業会議所で購入が出来ます。
もちろん、心向樹さんでも購入可能です。

<やぶきた>は母親(めしべ側)が静岡県在来種。
父親(花粉側)は不明です。

<やぶきた>は杉山彦三郎氏(日本茶界では有名人)が育成した現在日本茶のおよそ8割がこの品種だと言われているスター品種です。

「静岡県在来種」にどこからか飛んできた花粉がついて、種ができ、その種を撒き、その中から優良と思われる苗を繁殖させたもの。

<あさつゆ>は母親が京都(宇治)在来種。
父親は不明です。

天然玉露と言われる旨味が強い品種です。

<やぶきた><あさつゆ>を人為的に掛け合わせたものが<さえみどり>
<やぶきた><あさつゆ>の良いところを取り、旨味が多くて美味しく作れる品種が生まれます。

この<やぶきた><あさつゆ>が茶の第一世代。
第一世代の子供<さえみどり>が第二世代。

第一世代は在来種の中から優良なものを選抜したものです。
第二世代はその第一世代よりもっと美味しいもの、収量が取れるもの、やぶきたと収穫時期が被らないもの(早生か晩生)を目指して人為的に交配して作られたものとなります。

そして今は第三世代へ。

<きらり31>は母親が<さきみどり(第二世代)>
父親は<さえみどり>

<はると34>は両親が逆で、母親が<さえみどり>で、父親が<さきみどり>となります。

また、<やぶきた>が母親で父親が不明な<さやまかおり>
そこから母親が<さやまかおり>で、父親はやぶきたの血を引く<枕崎13号>を掛け合わせて生まれた<なんめい>は、病害虫にとても強い品種です。
※枕崎○○号というような名前は品種登録される前(されていない)の系統名だそうです。

病害虫に強いということは農薬を使う必要が無くなります。
無農薬でも美味しいお茶が作れれば、増加傾向の欧米諸国への日本茶の輸出はより増えていくはずです。
なにせ、欧米諸国は農薬基準が非常に厳しい。。。

第三世代は今の時代に合った品種を作っています。
他にも耐寒性が非常に強い<おくはるか>やアントシアニンが豊富ということで機能性に優れる<サンルージュ>等が生まれています。

▼参照:茶を飲むのは体に良いから?茶=薬?

両親の特徴が分かった状態で鑑定を行うと、子供の特性がよくわかるようになるそうです。
とはいえ、10種類を鑑定すると小さな違いは分かるのですが、品種香等まではさっぱり分かりませんでした…。




日本茶のこれから?

第三世代の品種として、「輸出できるもの、機能性があるもの、環境に耐えうるもの、(香りの良いもの)」が様々出てきているそうです。

そして、今日本茶のおおよそは<やぶきた>で成り立っていますが、あと20年ほど経てば<やぶきた>以外の品種がコンテストの上位を占めるのではないかというお話でした。(例えばきらり31)

現在の状況を考えると第三世代というのは多様性に富んでいますが、今後第四世代になってくると果たしてどんな特徴を持つ品種が生まれるのでしょうか。

筆者が苦肉の策で考えたのは、例えば宇宙で育つ品種(空気がいらないとか)やより機能性に特化して病気を治す品種とか。

機能性表示食品のペットボトルのように、「この品種の煎茶を飲み続ければ風邪が治る」というようなもの。
今はべにふうき煎茶は「メチル化カテキンが豊富で花粉症に効く」と言われています。
こんな感じ。


そういった効能に重視したほとんど薬と同じ扱いとなる品種なんかが生まれたりしませんかね…?
素人考えすぎますので、まぁその辺りは研究者の方にお任せして…。

結び

他にも品種茶トリビアなど様々お話をいただき、非常に勉強になりました。

頭を整理させて、改めて品種茶を鑑定していきたいと思っています。
実は心向樹さんの一煎パックが家に山のようにあります。笑

改めて「新版 茶の品種」を読み返し、品種茶を飲んでみて知識を蓄えながら、頭を整理していきたいと思っています。

今回の筆者が受講した日本茶のセミナーはすべて「未来」に向けたもので、非常に良かったと思います。
過去を振り返るだけではなく、未来へ向けて今後日本茶の世界はどうなっていくのか。
自身も未来を見据えて、考えながら学びを深めていきたいと思います。

世界お茶まつり2019!<セミナー編③>「日本茶のビンテージを知る」

セミナーは出れば出るほど知識が蓄積され(ている気がす)るので、こうして思い返して資料を読み返すのはよい勉強になります。

今回、自身が好んで出席したセミナーは日本茶のものが多かったです。

<セミナー編②>での晩茶の話の中にもありましたが、いまだに5月の新茶がもてはやされる日本茶業界。
日本茶関係の仕事をされている方は「新茶でなければ売れない」とよく仰います。
5月の新茶が出た頃は非常に売れますが、夏以降は売上が落ちるそうです。

その「新茶至上主義」を打破するかもしれない、「熟成」についてのセミナーを受けてきました。



どんな内容のセミナー?

講師は「日本茶専門店 錦園石部商店」の石部健太朗さん。
日本茶通の方はご存知の方が多いかと思いますが、「茶の涙」という漫画に出ていらっしゃいます。


どこに出ているかはご自身で探してくださいませ。

ヒントはこちらの写真。(スウェーデンの有名人も一緒にいらっしゃいました)

セミナーでは、4℃で保管されたシングルオリジンの日本茶を24種類飲み比べるというものです。
古いものだと2002年からあります。

拝見茶椀は200㏄お湯が入ります。
茶葉は4gです。

お湯を入れていき、葉がゆっくり開いていく姿を見て、香りを嗅ぎます。
そのあと、網匙を入れて葉をすくい、香りや形状を見ます。
さらに、茶殻を救い上げ、茶液も飲んで味を確認します。



実際に拝見してみると?

24種類もあるので、なんとなく違いは分かりますが、正直全く何が何やらな状態になります。
こういう拝見茶椀を使って茶を観るのは、あくまでも欠点を探すものになります。

一番はっきりと分かったのが築地2004年産の5キロのバルク(大きな保存袋)で保管していたとそれを小分け(50g)にして保管したお茶の香味の差でした。

これは素人でも分かります。

バルクのお茶は、酸味のあるフルーツのような香りがし、飲むとスパイシーで海苔のような風味も感じました。
50gのお茶は何事もないかのように澄んだ綺麗なお茶。

筆者は勝手に大きな袋に入っている方が香味の変化が少ないだろうと思っていました。
問屋さんはそうやって保管しているから。

実際ヒネ臭が出ると、お茶屋さんや問屋さんは再火入れを行い、香りを飛ばすそうです。
それが悪いことというわけではなく、今までずっとそうやって販売されてきた歴史があります。

石部さん自身も保管をする中でヒネ臭が出て、どうしようと思ったことがあると仰っていました。
ですが、そのまま数年保管しているうちにヒネ臭は消え、品種特有の風味だけが残ったとのこと。

お話の中で何より頭に残ったのは、

「最近は萎凋香をつけた煎茶が人気がある。(花のような香りなど)
今、ヒネ臭を一般の方が飲んだ時に「劣化臭」とは感じない。
ヒネ臭がある煎茶を甘い良い香りがあるいう方がいる。
同じものを均一に作ろうというルールの中で従来「ヒネ臭は悪い」という品質評価をしていただけであって、ヒネ臭を良い香りだとするならば、大事なのは健康被害がなく美味しく飲めること。」

という話でした。

確かに、ここ数年、<萎凋緑茶>というようなものが多く作られるようになりました。
従来はタブーとされてきた「萎凋香」をあえて付けた煎茶も発売されるようになっています。

今回の世界お茶まつり2019でも、静岡県農林技術研究所茶業研究センターが「香り煎茶」の機械を開発して、それを試飲することもできました。(一括して萎凋を機械で行うそうです)
試飲させていただくと煎茶としての香味の他に、花のような香りがして若い方に好まれそうな味わいでした。



結び

「煎茶は仕上げの段階で水分量は5%以下。
賞味期限はあっても、腐るものではない。
きちんと作られているもので、低温(4度)で保管をすれば自宅の冷蔵庫で熟成させることが出来る。」

つまり、普洱茶やワインのように購入者自身で長期間楽しむことが出来ます。
子供が生まれた時に購入した茶を成人した日に開封して飲む、というようなこともできるようになるということです。素晴らしい!

新茶だけを良しとするのではなく、熟成させるという楽しみ方もあるというだけで飲み方の幅が広がります。

売上が伸びない、新茶しか売れない、放棄茶園が増えている等々。
悲しい話しか聞かない日本茶業界。

これからより科学的な根拠なども研究されていくのだろうと思いますが、日本茶の未来は明るいのだと感じさせていただけるセミナーでした。
他にも個人的に勉強になったことが多数ありましたが、是非多くの方に受けていただきたい内容なので胸にとどめておきます。笑

世界お茶まつり2019!<セミナー編②>「熟成を愉しむ 晩茶の未来を考える」

筆者は緑茶から紅茶、ハーブティやフレーバードティ等、すべて飲みます。
体調によっては所謂<茶外茶(ちゃがいちゃ)>と言われる桑茶、ドクダミ茶等も飲みます。
ただ、全般的にそれほど詳しくはないです。
好きなだけ。

長年お茶を飲んでいると、嗜好が変わってくることがあります。

▼緑茶を毎日飲んでいたけれど、急に胃が痛くなって飲めなくなった。
紅茶をたくさん飲んでいたけれど、トイレが近くなるため夕方から飲まなくなった。
フレッシュな香りの良い台湾茶が好きだったが、最近は焙煎強めのものを好むようになった。

などなど。

一時的な体調もあれば、年を重ねたことによる変化の場合もあります。

ある程度年齢を重ねた方が筆者の周りに多くなってきたのですが(つまりは筆者も年を取ったということ…)、最近晩茶ブームが来ているような気がしてなりません。

元々興味はありましたが、GWの旅の際、晩茶について生産者の方から話を聞き、より興味を持つようになりました。
晩茶はお茶の原点に非常に近いものだと考えられます。
※こちらはいずれ、自身で製茶体験をしてから記事にしたいと思っています。

今回は晩茶研究を長年されている、松下智先生のセミナーを受けてきました。



松下智先生とは?

1930年  長野県生まれ
1970年  茶の文化振興のために社団法人 [豊茗会]を設立
1998年  愛知大学国際コミュニケーション学部教授 (後に定年退職)
2003年  O-CHAパイオニア賞 受賞  学術研究大賞 受賞
2016年 茶道具類・研究資料を静岡県袋井市に寄贈
2019年 ふじのくに茶の都ミュージアム客員研究員

現在 ~ 松下コレクションを活かす会 名誉会長 / 袋井茶文化促進会 顧問
※出典:袋井・茶文化資料館

筆者も松下先生の著書をいくつか持っています。


茶の原産地を探る旅を長らく続けられた50年の歴史が詰まった著書です。
お茶を食べる文化についてもたくさん語られています。
ずいぶん前に読んだきりなので、改めて読みなおしたいと思います。

他にも…(多分まだ出てくるはずですが…ちょっと奥底にありました)

こちらもずいぶん前に読んだきりでした。。
茶の歴史は日々動いていて、今を追うことだけで手いっぱいになってしまいますが、時には過去を振り返り、歴史を学ぶことも大切ですね。
勉強せねば。(;^_^A

御年89歳の茶研究の第一人者である松下先生の話は大変貴重です。
今回、実は初めて松下先生のお話を伺う機会に恵まれました。

晩茶の未来を考える

以下、先生のお話の概要です。

1、日本茶業の現況

①消費の低下
②放棄茶園の増加
③茶価の低下

2、日本茶の長所・短所

①テアニン
⇒過剰摂取により、茶が肥満児になっているのではないか。
②茶の歴史を反省すること
谷啓が昔アミノ酸飲料のCMで「アミノ酸が足りないよ♪」と歌っていた。
  茶でもアミノ酸を摂取できるようにと窒素肥料の過剰投与が行われた。
③茶 タンニンを考える

3、茶タンニンの効果

①茶の歴史はタンニンにある
②茶以外のタンニン食品の有無
③タンニンの人体への効用
茶の健康効果は10種類程度あるが、その中で「カフェイン」「カテキン」の効果
  は大きいものの、「テアニン」は“脳の興奮を抑えてリラックスさせる”という
     効果しか明らかになっていない。

4、茶の多様性
①晩茶の再生
②晩茶、烏龍茶、紅茶、黒茶他
③晩茶研究会の発足
茶葉を煮るか茹でるかして始まる製茶の元祖が晩茶である。
  古きに立ち戻り、晩茶のことを学びなおすべき時期なのではないか。

———————————————————————–
中でも個人的に面白かった内容が以下二点でした。

①宇治市内は元はほとんど茶畑だったそうですが肥料のやり過ぎて地下に茶が吸いきれないほどの窒素以外の養分(?)が含まれた場所(盤?)が出来てしまったそうです。
そこに行くとそれ以上根が伸びることが出来ず枯れてしまい、宇治市の茶畑の荒廃が起こりました。
時同じくして田中角栄の改造計画によって茶畑がほとんど住宅になってしまったとのこと。⇒宇治市内の茶畑が壊滅

②肥溜めの下肥を秋頃大量に畑にまき、春の摘み取り前になると下肥と一緒にまかれたティッシュを取る作業があったとか。(先生も実際には見たことがないそうですが)
———————————————————————–

科学が発達し機能性のある茶なども出てくる現代において、テアニン過剰の茶から人は離れて行ってしまった。

本当に多量のテアニンは必要か?
山で無施肥で育っている茶にもカテキンやカフェインは入っていて、古くから茶は作られてきた。

5月の新茶ばかりをもてはやす傾向から離れ、年中茶の芽があれば作れる晩茶を作り、今こそ茶製造の原点に近い晩茶について学びなおすべきではないか。

ざっとまとめると上記のような内容であったかと思います。
ご興味ある方は是非、松下先生の「晩茶研究会」へ!

▼FBページ:晩茶研究会

▼HP:晩茶研究会

結び

晩茶は茶が育つ場所で古くから作られていたものです。
阿波晩茶、美作番茶、石鎚黒茶、碁石茶などなど。

先生が仰っていた通り、今の煎茶のように美しい形状ではありませんが、優しいほっとする味わいです。
筆者も最近やかんで煮だして、よく飲んでいます。
ほうじ茶と並ぶ癒し効果。

世界お茶まつり2019でも「Kamikatsu-TeaMate」が出店されていました。
上勝阿波晩茶を生産者別に扱っていたりして、非常に面白いです。
飲み比べると味が違うのです。
(作り手によって味がかなり変わるとか、性格が出ているとか面白い話も聞けました)

阿波晩茶はネットで購入もできます。
一時期乳酸菌発酵茶ということで、テレビで紹介されたようで今人気ですね。


少し酸味があるので、苦手という方もいらっしゃいますが、一度試してみる価値はあると思いますよ。
なにせ、茶の原点ですから!

3年に一度の茶の祭典!「世界お茶まつり2019」に行ってきました。<概要編>

3年ごとに行われている「世界お茶まつり」。
筆者は前回初めて行きましたが、今年は時間をとってじっくりと行ってきました。

どんなイベントなのか筆者が体験したものを中心に簡単にご紹介します。




【世界お茶まつり2019】
▼期間:2019/11/7(木)-11/10(日)
▼時間:10:00~16:00(7日は11:00から)
▼会場:静岡県コンベンションセンター グランシップ

 

JR東静岡駅南口に向かうとグランシップの看板が見えます。

階段を下りて、数分でトップ画像のグランシップが見えます。

写真の通り、毎回世界お茶まつりの際はグランシップ前の芝生のところで近隣の手作り作家等が出店をしています。
雑貨や布製品、お菓子や陶芸品、また、芝生に布をひいてその上でマッサージを行ってくれる店もあり楽しめます。

グランシップ前の広場では静岡おでんや茶そば、タピオカミルクティなどが購入できるスペースもあります。
外ステージもあり、飲食をしながらアーティストの歌を聴いたりもできたようです。(あまりそこにはいなかったので詳細不明)

ちなみに静岡おでんはこんな感じ。


黒はんぺんと牛すじが入っているのが鉄板なのでしょうか?
どこで食べても一本ずつ串に刺さっており、色が黒めの割りに味はあっさりのおでんです。
削りぶし粉をかけて、からし(味噌)をつけて食べる感じです。
今回は四回食べました。美味しいです。

グランシップに入る前から楽しめるポイント

【ポイント①】グランシップの茶の木

グランシップ向かって右側に入り口があるのですが、先ほどのトップ画像のもっと駅寄りの場所に茶の品種が数種類植えられています。
※垣根も茶の木なのでお見逃しなく!


こんな珍しい品種まで!
ここからすでにお茶好きの血が騒ぎますよね。

【ポイント②】外の展示販売

「日本紙通商」では茶の苗を500円でポットに植えて持って帰ることができます。
筆者が聞いたときは<べにふうき>でしたが、<きらり31>も出ていたとか。
結構多くの方が苗を持って歩いています。
お子様が楽しそうに植え替えをしていたのを何度か見ました。記念になるからいい!

そこを通り過ぎると、グランシップ入り口までテントが並んでいます。

世界農業遺産系の茶草場農法、わさびの伝統栽培、岐阜県長良川の鮎などの展示販売等。

手揉み茶も実演が!
手揉み茶についてはこちらの記事をどうぞ。

中でも常に人が絶えなかったのは「世界農業遺産高千穂郷・椎葉地域」で、試飲もたくさんいただきました。

釜炒り茶の実演も行われていたようです。
こちらは見逃したため、3年前の写真を⇊
(わかる人にはわかる、超有名人)

こちらのブースでスタート早々散財したのは内緒。←多分多くの方がやらかしてる

【ポイント③】世界のお茶を飲める「世界の路上茶屋体験」

様々な世界のお茶を飲めるコーナーが!

時間がなかったので、悩みに悩んでミャンマーへ。

こちらは糯米茶。
オーム、という植物と茶が一緒に入っていて、煮て飲むそうです。
時間が経っていたようで、かなり苦渋かったです。。

揚げパンをつけて飲むのがミャンマーのミルクティ(朝食、イチャクエというそうです)だそうです。
アルミの容器にミルクティが入っていてかわいいです。(注ぐ時に絶対にこぼすけど)

他のコーナーも非常に面白そうでした。
行けなくて無念…。

もうこの段階でかなり財布の体力を消耗。笑

グランシップ内はどんな感じ?

入り口入ってすぐ正面に上下エスカレーター。
左側に総合案内所。
右側にステージ。

そのさらに右奥には中ホールエントランスで、「世界緑茶コンテスト2019入賞茶」が並んでおり、さらに奥から二階では「ティスティング・フェスティバル」が土日に行われていました。

メインとも言えるのが、入り口入って左にある<大ホール:海>の「ワールドO-CHAメッセ

ホールに入ってすぐ、「静岡県農林技術研究所茶業研究センター」が研究結果の展示や品種登録する前のお茶や開発した商品の試飲、アンケートを行っていました。

病害虫の展示なども非常に興味深かったです。(実は今回筆者が一番テンションが上がったところ)

👆こういうやつ。

あとはもう天国です。

お茶の試飲購入もできるし、生産者の話も聞けるし、製茶機械も見ることが出来ます。
日本茶インストラクター協会のブースでは日本茶アワードのお茶を飲むこともできますし、小さい茶席も設けられているところがあります。

もう一回言いますが、天国です。



ゆっくりお茶を飲みたい!

3階に上がると、様々なお茶席を楽しめるコーナーが。
陶器のショップも数件出ていて、涎が出そうでした。(むしろすでに涎が出ていたと思われます)

「体験、工夫茶席」「イギリスの紅茶 最新事情とティスティング」「日本で一番高価な茶を愉しむー八重奏は極上手もみ茶のための究極の淹茶法ー」などなど、数百円から数千円くらいでミニセミナーが受けられます。
もちろん、お話を聞きながらお茶もいただけます。
※無料のコーナーもあります

3階南ホワイエでは、「まるのみしずおか」。
こちらは静岡の生産者が自らの茶の説明をしながら、茶を淹れてくださるというなんとも贅沢なコーナー。(しかも湯呑付きで500円!!!)


筆者は入り口でイベント限定の湯呑を購入して、こちらを使用したため別途茶葉をいただきました。ありがたい!

お久しぶりの生産者、初めましての生産者、数日で多くの方にお会いできてとても楽しむことができました。
購入して飲んだことはあるけれど、生産者の制作秘話や意図などを聞くと余計に興味や愛情がわいてくるから不思議です。

今回筆者はセミナー目当てだったので、それほどフロアは回っていませんが他にも面白そうなブースやコーナーがありました。

4日間まるまる居るというマニアなお茶好きから色々な話を聞いていると、「まだまだ修行が足りぬ」と思いました。←
11月はイベントが多くて、結構お茶好きさん同士会う機会が多いですね。笑

結び





セミナーなどについてはまた別の記事にまとめていきたいと思います。

3年前に比べるとブースが少し減ったような気がしなくもないですね。。
あとは、会場の静岡がやはり多いので、「世界」というからにはもう少し様々な茶葉の購入もできたら嬉しいと個人的に思いました。

台湾茶が多かったような…?

思えばブースの写真は少し撮ったりしていましたが、フロアの写真がないことに後から気づきました。。
これでは伝わりませんね、雰囲気。(;^_^A
Twitterでは「#世界お茶まつり」で検索すると写真や情報がたくさん出てきますので、そちらにお任せします。←

また、今後もイベント続きですので、よろしければこちらの記事も参考にどうぞ。

【2019/11/18追記あり】中国で「宇治」が商標登録?!今後宇治茶と名乗れなくなる?!

ここ数日、ニュースで多く取り上げられています。

「宇治」が中国企業に商標登録される恐れがある(中国で「宇治」が使用できない)という衝撃的な内容です。

この問題について少し調べてみました。
宇治茶を愛する筆者には由々しき問題!!!




事の経緯

2010年、京都の老舗茶舗「福寿園」が宇治茶のブランド名を守るため、「宇治」を中国商標局に登録。

2011年の東京電力福島第一原発事故以降、放射性物質の安全性を証明することが難しくなり(日本と中国双方で放射性物質の安全性を示すことが曖昧なため)、宇治茶を中国へ輸出することが出来なくなる。

2017年、中国企業が商標取り消しを請求、今年8月に認可。
※中国商標法の規定では継続して3年以上使われない商標は取り消される。

⇒福寿園は異議申し立ての行政訴訟の手続きを行う

しかし、一方で中国企業が、商標取り消しを見越して「宇治」の商標登録を再申請。
福寿園も再登録を行うも、上記中国企業の方が一日再申請が早かったため、中国企業が「宇治」の登録者になる可能性が高い。
※現在、京都府、京都府茶業協同組合が中国当局へ異議申し立てをし、対応を急いでいる。



実際に調べてみると…

少し前に中国商標局にアクセスを試みたところ、2019/9/4に「宇治」が某中国企業に登録されていることが確認できました。(2019/9/4は若干うろ覚えですが…)

ただ、その後(10/3)再度閲覧を試みると、アクセスできない状況になってしまいました。

一度閲覧が出来た際に登録者になっていた会社には「宇治○○有限公司」と「宇治」の文字が登録されており、「宇治」で検索して出てきた他の商標には「宇治抹茶」等、宇治にまつわる言葉が多数登録されていました。
「小山園」というのもあったような…。社名では…?

ちなみに、対象の有限公司を検索すると、残念ながらやはり検索が出来ませんでした…。(しばらくグルグルするのが数回続きました)
また後日試してみたいと思います。

また、対象の企業名は伏せておきます。

今後どうなっていくのか考えてみる

調べてみると、似たような事例が最近ありました。
詳細はこちら

同じく中国の商標局で「岡山」を登録していた中国個人の登録が無効になったというものです。
岡山県と岡山県商工会議所連合会の連盟で無効請求を行っていましたが、「岡山」は「公知の外国地名」ということで登録無効が認められたとのこと。

ちなみに、こちらは検索が出来ました。


ちなみに、この下にも続いているのですが「岡山」まだありました…。

今回「岡山」って中国でも似たような地名があるでしょうから、日本のことを知らない方だったとしたら散々でしょうね…。

余談ですが、以前商標登録を考えている方に話を伺ったところ、同じものがないか片っ端から調べなければいけないとのことでした。

中国の方もまさか海外(日本)の県からクレームが来るとは思っていなかったでしょうし、商標登録について考えている方は、きちんと専門家に相談した方が良いと思います。

さて、話を戻しますと。

前例から考えると「宇治」も当然「公知の外国地名」ですし、申請取り下げの可能性は考えられます。

しかし、「岡山」の件は個人の方が登録申請したもの。
「宇治」については企業が相手です。

「岡山」の例ですと2017年6月に個人が商標登録、2018年10月に岡山県側で無効請求を行い、2019年9月30日に岡山県側で無効になったことを公表しています。

個人相手だとしても、1年近く無効になるまでかかっていますね…。
企業相手(企業の規模等にもよると思いますが)だともっとかかってしまうのでは…?

万が一中国企業の商標登録が通ってしまったら…?

一番心配なのは、宇治で作られていない茶を「宇治茶」として販売される可能性があるということでしょうか。

どこで作られたかわからないお茶が「宇治茶」として販売され、特に宇治の特産である玉露や抹茶のブランドイメージが失墜する可能性があります。

もちろん、あくまでも可能性です。
「岡山」に関しては10件以上の「岡山」の登録があるようですが、現状問題になったことはないとのこと。
前例の個人の方も<給湯と水浄化設備>の商標だったそうですし…。ちょっと可哀そうなくらい…。

「宇治」については、利益が相当絡んできますし、宇治側としては長年の信用も中国でのビジネスチャンスも失う可能性が高い訳です。

また、宇治茶だけではなく観光にも大きな打撃があると考えられます。

各国で国の文化や景観を守ろうと整備が進められていますが、今回のようなことが今後も継続して起こってくると考えられます。
日本の茶も海外への展開を今後より進めていくにあたって、より充実した保護制度が必要でしょう。

【関連記事】
旅の思い出2019年5月-京都府茶業研究所①(玉露の本ず栽培)-
「宇治茶の普及とおもてなしの心の醸成に関する条例」、「府『宇治茶』新条例」(仮称)とは?
南九州市知覧の茶商が初めてのFSSC22000取得。日本茶はますます海外へ。
▼東京オリンピック・パラリンピックに向けた茶の取り組み。GAPについて。
インド、アッサムティの地理的表示(GI)保護制度
ユネスコ無形文化遺産に日本茶を!大切な日本の文化を守ろう。



結び


モッチーさんによる写真ACからの写真

常識的に考えると、「宇治」がこのまま簡単に中国企業の商標登録とはならないと思っています。

宇治が日本にとってどれほどの歴史と文化を持った場所で、宇治茶がどれほど日本の茶業に影響を及ぼす存在であるかを考えれば、万が一、中国企業の商標となった場合は国同士の問題にも発展しかねないのではないかと筆者は考えています。

ただ、このようなことが起こり得ますから、世界的な共通の保護制度の整備が求められ、積極的に登録をしていくべきだと考えています。

登録は非常に大変であると聞いていますが、そこは国が財産を守るとしてもっと力を貸してほしいと願うばかりです。

※この辺りの知識が乏しいので、誤りがあったら是非お教えください。今後も勉強をしていきたいと思っています。

【追記 2019/11/18】
京都新聞で中国の宇治茶のコピーにより2億円の被害が出ているという記事がありました。こちら

記事の下に記載がありましたが、筆者も「国をあげて対応していかないといけない問題」だと思います…。

【○○茶の日】ってたくさんありませんか?10/1は日本茶の日!

○○の日、って毎日のように定められていますよね。
29日は肉の日、とか。

ちなみに本日10/1は「日本茶の日」となっています。
一般社団法人 日本記念日協会には毎日たくさんの○○の日が登録されています。

<日本茶の日>は一年に2日ある?!

すでにご紹介しましたが、10/1が<日本茶の日>。
そして、もう一日が10/31です。

なぜそんなに近い時期に<日本茶の日>が二日もあるのでしょう。

まず10/1の日本茶の日は、≪伊藤園≫が定めた日となります。
1587年(天正15年)10月1日に豊臣秀吉が京都北野天満宮にて「北野大茶湯」を行ったことから由来しているそうです。
先日行った、熱海のMOA美術館に秀吉が作った黄金の茶室のレプリカがあり、この北野大茶湯でお披露目されたことを書いています。
※参考記事:黄金の茶室-国宝、重要文化財多数の熱海のMOA美術館を訪ねて‐

武士、平民、身分問わず参加できる大茶会。
たくさんの人に茶を飲んでほしい、楽しんでほしいという思いが込められた素晴らしい日を<日本茶の日>に定めたとのこと。

Twitterでのキャンペーンも行っていますので、参加してみると良いでしょう。
※2019/10/14まで

≪伊藤園≫と言えば、こちらですね。↓

そしてそして!!!
個人的にとてもおススメなのが、“きゅうスライム”が当たるかもしれない、というローソンと伊藤園のコラボイベントです。
※詳細はこちら
すでに第一弾(対象商品はおーいお茶)が始まっており、第二弾の対象商品はこちら↓

欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい…!(心の声)
すみません、取り乱しました…。(でも本気でほしい)

もう一つの<日本茶の日>は?

もう一つの<日本茶の日>は10/31です。
1192年10月31日に宋から帰国した栄西(臨済宗の開祖)が茶の種や製法を持ってきた日とされているそうです。

栄西は「茶は養生の仙薬なり…」という冒頭で始まる<喫茶養生記>を記し、茶を広めた人物として知られています。

栄西は茶は万能の薬だとし、また禅の修行中の眠気覚ましとして活用しました。
そして種を植え、栽培も行っています。

佐賀県背振村にある霊仙寺は、栄西が初めて茶の種を植えた地とされています。

10月31日といえば、ハロウィンですよね。
ここ数年で異常な盛り上がりを見せているハロウィンイベントと日本茶を絡めたイベントも各地でちらほら見掛けます。

10/1と10/31の一か月以内に二日日本茶の日があることに関しては、特に意味はないようです。



10/31を過ぎると、紅茶の日?!他の茶にまつわる日はいつ?

ちなみに、11/1は紅茶の日でして、お茶カフェをやっていた筆者はてんてこ舞いな時期でした。。
日本茶のイベントが終了次第、紅茶のイベントに切り替えるというとんでもないハードな二日間。笑

11/1は日本紅茶協会が定めた日です。

ロシアに漂着した大黒屋光太夫が11/1にロシアの女帝エカテリーナ二世のお茶会に参加した初めての日本人であろうというところから制定されているそうです。
※詳細はこちら

そして、他にもお茶の日はあるのだろうかと一般社団法人 日本記念日協会のHPを改めてみてみると、以下茶にまつわる日がこんなに…!

★十六茶の日  毎月16日
★和紅茶の日 11月10日
★熟成烏龍茶の日 毎月19日
★熟成烏龍茶の日 10月9日
★午後の紅茶の日 5月5日
★こいまろ茶の日 9月1日
★お茶漬けの日 5月17日
★新茶の日 5月2日
★川根茶の日 4月21日
★中国茶の日 7月8日
★マテ茶の日 9月1日
★無糖茶飲料の日 6月10日
※心を注ぐ急須の日 9月4日 とリプトンの日 5月10日も茶と関係あり?

詳細は是非一般社団法人 日本記念日協会をご覧ください。(それぞれのリンクが貼ってあります。)



結び

○○茶の日、にはここ数年Twitterなどでプレゼントがもらえる企画等を各メーカーで積極的に行っていてタイムラインが賑わいます。
※参考記事:2018年メーカープレゼント合戦

日本紅茶協会等でも紅茶のイベント(セミナー等)が行われたりしていて、お茶に興味を持った方は是非この盛り上がりに乗っていただきたいなぁと思います。

当然お茶好きさんは積極的に盛り上がるわけですが。←自分も含めて

今年もこれからお茶のイベントが目白押しですし、こういったネット上のプレゼント等も増えてくるかと思いますので、是非お見逃しなく!
※参考記事:日本でも紅茶が作られている?-和紅茶の歴史やイベントなどについて-

黄金の茶室‐国宝、重要文化財多数の熱海のMOA美術館を訪ねて‐

先日、MOA美術館に行ってきました。
熱海温泉に行く途中での立ち寄りです。
調べてみると、国宝品、重要文化財のようなものも多数所蔵しているとのことでしたので、興味津々で行って参りました。

MOA美術館とは

【場所】
熱海市桃山町26-2
【HP】
http://www.moaart.or.jp/

地図はこちら↓↓





熱海駅からは近いですが、自家用車ですと割とテクニックを要する山道(くねくね)ですので、自信ない方はバスをご利用いただいた方が安全かと。

タクシーやバスで10分かからない程度です。
(HPにはタクシー5分、バス7分とあります)

山の上に建っており、風光明媚な場所にあります。
フロアに入ると、熱海の美しい海が一望できます。

美術品よりなにより、まずここで皆さん写真タイム。
伊豆半島や初島も見えます。
「映えます」ね。

MOA美術館は昭和57年に開館。
絵画、書、工芸を中心に国宝が3点、重要文化財66点(合計で3500点)を所蔵する熱海を代表する美術館です。

尾形光琳の「紅白梅図屏風」は2月の梅の時期に期間限定で公開されるそうで、ファンが多いとか。

2017年にリニューアルされ、7万坪にもおよぶ敷地内の庭園には四季折々の花が咲くため美術品と風景と双方から心を潤すことが出来る素晴らしい美術館と言えます。



茶好きな方におススメポイント①

まずは、当然「黄金の茶室」です。

とりあえず、目がチカチカするほどに煌びやかな茶室です。
なんとなく伝え聞いている秀吉のイメージにはピッタリ。(勝手なイメージ)

圧巻のキラキラ具合…!!!
何度も書いていますが筆者は茶道を習ったことがありませんが、この茶室でお茶を飲みたいとは思わな…(略

「黄金の茶室」は1586年の正月に豊臣秀吉が正親町天皇に茶を献ずるために、京都御所内に組み立て式の黄金の茶室を持ち込んだという史実に基づき再現されたものとのこと。(MOA美術館HPより)

1587年の北野天満宮で行われた「北野大茶湯」でも披露されたと伝わっています。

詫び寂びを重んじた利休の好みでは決してないように思われますが、時の権力者である秀吉の力を誇示するには十分なものですし、作成には利休が関わっていたものと考えられているようです。(資料は現存せず)

行ったことはありませんが、大阪城天守閣にも再現された黄金の茶室があるそうですので、今度はそちらにも行ってみたいと思います。

茶好きな方におススメポイント②

もう一つは野々村仁清作の「色絵藤花文茶壺」です。
こちらは国宝。

17世紀作、となっていますが色鮮やかで美しい茶壺です。

「茶壺」であるからには、「口切の茶事」のために新茶を詰められたのでしょうか。
宇治でこの壺に茶は詰められたのでしょうか。

色々と妄想は尽きません。
非常に美しいままの姿ですので、使用はされていないのかも。全く知識がなく分かりません…。

※展示物は時期によって異なっているかと思いますので、筆者が行った9月半ばでのおススメです。

国宝と重要文化財って?

国宝と重要文化財の違いが正直分かりませんでしたので、調べました。

国が定めた「文化財」の中には「有形文化財」、「無形文化財」、「民俗文化財」等がカテゴライズされており、「有形文化財」(建築物や美術品等)のカテゴリーの中で<重要なもの>を【重要文化財】。
その中でも特に<歴史的や芸術的に価値が高く貴重なもの>を【国宝】と称しているそうです。

■関連記事:ユネスコ無形文化遺産に日本茶を!

インド、アッサムティの地理的表示(GI)保護制度

関連記事でもいくつか書いていますが、どこの国でも自国の文化を守ろうという取り組みをしています。

例えば、京都、宇治は「文化的景観」に当たります。
「平成21年2月、美しい自然と歴史的な市街地、そして宇治茶の伝統を継承する「宇治の文化的景観」がわが国民の生活や生業の理解のために特に重要な景観地として、都市では初めての「重要文化的景観」に選定されました。」(宇治市HPより抜粋)

この辺りはもう少し勉強してまとめてみたいところです。



結び

来館した時に展示されていた「奇想の又兵衛-山中常盤物語絵巻-」も非常に美しく、心奪われました。

茶好きな人間としては茶にまつわるものを探して歩いてしまう癖がありまして、絵画等に関心がなくともこちらの美術館は十二分に楽しめます。

美術に疎くても、こういった美しく、価値のあるものを見ると薄汚れた心の澱がすーっと流れていくってもんです。

こちらのMOA美術館の素晴らしいと思えたところがもう一つあります。
ほとんどの展示物を写真に撮れるということです。(フラッシュはダメ)

今まで数は少ないですが行った美術館で、写真を撮ってはいけないと言われたことはあっても、「どうぞ撮ってください」と言われたことはないです。(実際言われました)

大切な日本の文化を多くの人に見てもらって、知ってもらいたい、という思いも溢れている素敵な美術館です。
是非足をお運びください。

日本でも紅茶が作られている?-和紅茶の歴史やイベントなどについて-

 

むかーしむかし。
筆者が茶カフェを始めた頃から閉店するまで(閉店は数年前)、ある和紅茶を出していました。

閉店する直前まで‐それはたった数年前ですが‐紅茶についてそれほど興味のない方たちは「日本でも紅茶って作っているんですね」と仰いました。

逆に、紅茶に興味があり、和紅茶ブームが到来した十数年前(?)に早速飲んでいた方は「和紅茶は二度と飲みたくない」と仰います。

店を営業している間に当店の和紅茶を初めて飲んだ方たちは「すっきりしていて飲みやすい」「優しい味わいがする」(あくまでも当店で扱っていた和紅茶の印象)と仰り、後者の方たちは頑なに「和紅茶は飲みたくないんです」と言い続けておられた気がします。

地方都市の小さな茶カフェでしたから、東京等に比べると和紅茶を知らない割合はぐっと多かったとは考えられますが。

和紅茶について、少し筆者の思い(抑えめ)を含めてまとめてみたいと思います。



日本で紅茶が作られるようになった歴史

和紅茶、国産紅茶などと言われています。
いずれも【日本国内で作った紅茶】のことを指します。
煎茶なども合わせて、総称して【日本茶】と呼ばれることもありますが、【日本茶】という言葉から想像されるのは、いわゆる煎茶(抹茶)ではないかと思います。

煎茶も和紅茶も、実は明治期に生糸とともに輸出をされていました。
江戸幕府が崩壊して鎖国が終わり、明治政府は列強各国との貿易の中で「茶」が外貨獲得に非常に大切なものだと分かっていました。

1859年横浜が開港したその年に緑茶が180トン輸出されています。
ちなみに、2019年1月~5月に輸出された緑茶は約2400トン日本茶輸出促進協議会HPよりで、横浜開港した10年後にはおよそ6000トンの茶が輸出されていたというからすごいことです。

世界的にも、また輸出の最大相手国であるアメリカも緑茶より紅茶を求める声が大きくなっており、日本は早急に紅茶を増産しなければいけなくなりました。
※イギリスでの爆発的な紅茶ブームが少し遅れてアメリカにやってきたものと思われます。

1874年に明治政府は「紅茶製法書」を編纂し、各府県に配布して紅茶製造を奨励しました。
また、中国から二人の技術者を呼んで、九州四国の<ヤマチャ>を使って中国式の紅茶を作るように指導します。(ヤマチャ⇒山の中で自然に育っている茶木)

同時に、実際の海外の生産や製茶技術を学ぶため、「多田元吉(ただもときち)」を勧業寮に登用し、派遣させることに決めます。
彼は元々江戸の幕臣でしたが、明治維新後に駿河(今の静岡)で茶業(茶生産等)に尽力していました。
※勧業寮とは、内務省に設置された殖産興業を担当する部署のこと

1875年、彼はまず清国(今の中国)へ派遣され、茶の栽培法、紅茶の製法などを学び、製茶機械や茶の種を持って帰ります。

元吉は清国からの帰国後、すぐに今度はインドへ渡ります。
日本人で初めてダージリンやアッサムへ行き、製茶機械を模写し、茶の種を持って帰ってきたのが多田元吉です。




1877年に帰国。
帰国後、内藤新宿試験場や静岡県丸子に持ち帰った原木を植え、紅茶品種の栽培を行い、国産紅茶の普及のために丸子で増産した種や苗を持って、全国各地を回ります。
※内藤新宿試験場は現在の新宿御苑の場所にありました。

そして、最新の紅茶製造をインドで学んだ元吉は、失敗に終わっていた中国式紅茶ではなく、インドの製茶法を改めて高知県で作るよう指導に当たります。
他にも、静岡、三重、滋賀、福岡、熊本、大分、長崎、鹿児島等も周り、紅茶製造の指導を続けます。

1878年には政府が「紅茶製造伝習規則」を発令し、各産地に紅茶伝習所を設置しました。
その甲斐あって、1892年には150トンほどの紅茶が全国で生産されます。

しかし、日清戦争(1894-1895)や日露戦争(1904-1905)の間にインド、スリランカの台頭により、日本の紅茶の輸出は落ちますが、1929年の大恐慌の折にはインド、スリランカ等の茶業者が輸出制限を行ったため、日本の紅茶の需要が急増し40トン程度の年間輸出が数年で6000トンまで急激に伸びました。

第二次世界大戦が始まると、1945年には年間130トンほどに激減しますが、戦後には少しずつ復興し、1955年には8500トンほど生産の内、5000トンほどの紅茶を輸出しています。

しかし、1971年の紅茶輸入化に伴い、インドやスリランカの高品質で低価格の紅茶が急激に増え、日本の紅茶はほとんど壊滅状態となります。

緑茶の国内需要は伸び、栽培面積も広がっていましたが、缶飲料やペットボトル飲料の台頭により次第に伸び悩み、一番茶しか売れない時代となっていきます。
紅茶の製造に一番向いていると言われる二番茶を緑茶から紅茶に切り替える農家が増え、次第に各産地で地場の紅茶を作る方たちが増えていきました。

今では、紅茶用品種で、インドやスリランカや中国にも負けないような日本独自の紅茶があちこちで生まれています。

2019年、これから和紅茶に出会えるイベント

北の茶縁日和(9/6.7 札幌)

ジャパン・ティーフェスティバル2019(10/19.20 東京)

世界お茶まつり2019(11/7-11/10 静岡)
3年に一度の茶の祭典!「世界お茶まつり2019」に行ってきました。<概要編>

第15回地球にやさしい中国茶交流会(11/23.24 東京)

紅茶フェスティバルin尾張旭(11/24 名古屋)

第18回全国地紅茶サミットin愛知(12/8.9 豊橋)←8/29追記

日本茶AWARD2019

上記はかなり大きなイベントになりますが、和紅茶だけではなく、和烏龍茶等も販売されている方もいらっしゃいます。

生産者の声が聞ける、貴重なイベントです。

中にはグランプリを決めるものもあり、多くの方が好む和紅茶の傾向をつかむことが出来ますので、まずは賞を取ったものから飲んでみるのは非常におススメです。

他にもあちこちで和紅茶を作っている生産者が出店しているイベントや飲めるカフェ、雑貨屋などもありますので、気になる方は是非探して見てください。

ネットで購入できる和紅茶



「べにふうき」と検索すると、たくさん和紅茶が出てきます。
今、一番多く使われている和紅茶の品種はべにふうきではないかと思います。(筆者統計)

べにふうきは前述の多田元吉がインドから持ってきた種の中から選抜された品種(べにほまれ)を親に持っています。
日本育ちでインドの血を引いています。

実は日本には紅茶用の品種がいくつかあります。
品種の話はまた別の記事で書きたいと思います。まとまらないから。。

べにふうきはアレルギーに効く「メチル化カテキン」を多く含むということで有名になったこともあります。
ただし、紅茶にすると残念ながらメチル化カテキンの効果はなくなってしまうようです。

抗アレルギー効果を求めるならべにふうき緑茶をどうぞ。
※茶は薬ではありませんのでご了承ください

結び

筆者が紅茶にはまりだした20年ほど前は、和紅茶がそれほど浸透していなかったように思います。(もしかしたら知らなかっただけかも知れませんが…)

そして、非常に残念なことに二番茶が売れないからと、緑茶用品種(主にやぶきた)を緑茶用の機械で紅茶(のようなもの)を作っていた方が圧倒的に多かったと思います。

当時和紅茶和紅茶と言われるようになった時にその「はっきり言って適当に作った二番茶の紅茶」を飲んだ方たちは今でもトラウマを抱えている人が多いです。
それが冒頭の後者の方たちです。(二度と飲みたくないという言う方たち)

青みがかっていて、渋みではないえぐみがあり、飲むと胃が痛くなるようなものがたくさん世に出回っていたのです。

筆者も一時期は警戒しながら飲んでいましたが、ここ数年はコンテストやグランプリが行われるようになったこともあってか、非常にレベルの高い和紅茶も増えています。

人件費等を考え合わせると、正直まだまだレベルの割には価格の高いものが多いですが、和紅茶の未来は明るいと感じられるものが次々に出てきています。

美味しい和紅茶を作っている生産者の方の商品は毎年少しずつでも購入するようにしています。
これからもずっと美味しい和紅茶を作っていっていただきたいから。

筆者のような一般消費者にできる、唯一の応援です。

和紅茶に興味を持っていただいた方はまずはどこかで購入して飲んでみてください。
そして、それが口に合わなかったとしたら、くじけずに他のものも試してみてください。(SNS等で評判を聞いてみると、お茶好きさんは恐ろしいほどコメントしてくれます。笑)

そして、機会があればイベントに行って、生産者の想いを聞いてみてください。

きっと心が震えるほどの素敵な出会いがあるはずです。



入間市博物館ALITの「お茶の博物館」にて狭山茶について学ぶ

先日、入間市博物館ALITへ行ってきました。

ALITお茶大学】では「お茶」と「地域」をテーマに年間を通して様々な講座を行っており、生産地全体で「地元のお茶」を盛り上げています。
お茶好きな人はたまらない講座などもありますので、筆者も今後要チェックです。

▼場所はこちら

博物館ですので、小さなお子様も楽しめるような展示(こども科学室等)もあるのですが、いそいそと「お茶の博物館」へ。(とはいえ、一通り見ました。うっかり童心に帰りました。)



狭山茶の特徴



「色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山でとどめさす」

なんとなーく、どこかーで聞いたことのあるこのフレーズ。

また、「狭山火入れ」という、いわゆる「火香」が強いのが狭山茶の特徴であると聞いたことがある方も多いかも知れません。

「狭山火入れ」について著名な生産家の方に伺ったところ、「昔はすべて焙炉の上で手で茶を作っており、当然乾燥機などはない。そのため、焙炉でしっかりと乾燥させることで自然と火香がついたものだと考えられる。」とのことでした。

強火で茶を焙じた場合ほうじ茶になりますが、「火香」はあのほうじ茶の香りの弱いものだと考えていただくと分かりやすいかと思います。
※香りの成分的に強弱があるだけなのかどうかはわからないですが…

一般の煎茶より少し高温で火入れ(焙炉乾燥)をすることにより、茶葉は若干白くなり、水色も少し黄金色になるようです。

また、狭山は茶の生産地としては少し寒い場所のため、葉が肉厚になり、蒸し時間を長くしなければ静岡や宇治のような形状に揉めなかったのかも知れません。
そのためか、形よりも味を重視して作られてきたという歴史があるとのことです。

狭山茶にはこっくりと甘味があり、味わい深い印象を筆者も受けます。



狭山茶の歴史

「狭山茶」の多くはこの博物館のある入間市で生産されています。
しかしながら具体的にいつ頃から茶の生産が始まったのかは歴史上はっきりとしていません。

南北朝時代(1337-1392)の「異性庭訓往来」(往復の手紙形式で、寺子屋等で使われた初級の教科書)には、【武蔵川越(むさしのかわごえ)】と【武蔵ノ慈光茶(むさしのじこうちゃ)】という名が有名な茶生産地として登場します。

【武蔵川越(むさしのかわごえ)】は川越市小仙波町にあった「無量寿寺(むりょうじゅじ)」が発祥の地とされ、比叡山延暦寺から伝わったと言われているそうです。

一方、【武蔵ノ慈光茶(むさしのじこうちゃ)】はときがわ町にある天台宗の古刹「慈光寺(じこうじ)」が発祥の地とされています。
※栄西の弟子の栄朝が鎌倉時代の慈光寺の住職だったため、抹茶の製法が伝来したのではないかと言われているそうです。

しかし、どちらも関東の天台宗の大寺院であったため、戦国時代には後北条氏(小田原北条氏)によって焼き討ちされてしまいます。
茶を生産していた有力寺院が無くなったことにより、「川越茶」と「慈光茶」のブランドもここで消えていくこととなります。

しばらく狭山茶は途絶えますが、江戸時代後期に宇治の蒸し製煎茶の高まりから、狭山も蒸し製煎茶の製法を習得した者たちにより、狭山茶が復興します。

幕末には横浜が開港し、狭山茶も横浜からアメリカ(北米)へと輸出されます。
有力な茶業者により、「狭山会社」が作られ、アメリカへの直輸出等も行っていったようです。

茶業組合や茶業伝習所があちこちに作られ、その後は機械製茶も始まり、昭和3年には埼玉県の茶業研究所も開設されます。

第二次世界大戦中からしばらくは再度荒廃してしまいますが、割と早くに復興を遂げ、昭和30年~40年代には大きく生産量を伸ばしていきました。

 


埼玉県公式HPより引用

結び

筆者は狭山茶はもっと大きな生産地だと思っていました。
統計を見ると、栽培面積も生産量も思ったよりは多くないんですよねー。

単純に狭山茶にゆかりのある知り合いが多いのか、著名な生産者の方のネームバリューなのか…。

狭山茶は「自園・自製・自販」が主流だそうです。
例えば静岡や鹿児島等の大きな産地では茶の生産、加工、流通が分散化されており、消費者の手に渡るまでは時間も労力もかかります。(中間マージンも発生)

つまり、小さな生産者でも自ら茶を作り、販売することで高い利益を得ることが出来ます。(出来る可能性がある)
これは狭山茶の大きな特徴であると考えられます。

また、埼玉県全体で狭山茶を押している空気はひしひしと感じますし、ALITお茶大学のニュースも全国版で見たような気がします。(うろ覚え…)

昔縁あって入間市に数年間通っていた筆者としては、狭山茶の増々の飛躍を楽しみにしています。

それほど大きな茶の展示ではないですが、トップ画像のような「製茶仕入帳」という素晴らしい展示があったり(中は見られないので残念…)、昔の焙炉が展示されており、茶室があったり、かなり楽しめました。↓

また、受付でお願いすれば、茶に詳しい方が解説をしてくださるサービスもあるそうですので、是非ご利用ください。



狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展(令和元年7/27~8/4)

先日「狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展」へ行ってきました。

高林謙三、をご存知でしょうか?
ご存知だという方はかなり日本茶に詳しいはずです。マニア…?
筆者は数年前に某インストラクターの勉強をしていた時に初めて知りました。。

現在の日本茶が大量生産ができるようになったのは間違いなく彼の功績です。
展示の写真とともに、高林謙三の歴史や功績を追ってみたいと思います。

高林謙三という人について





1832年武蔵国高麗郡平沢村(現在の埼玉県日高市)生まれ。
日本の古医学を学び、医者として開業。

欧米諸国と通商条約を結んだ日本の輸出品は生糸と茶であり、茶の生産量を増やすことが急務だと考えた謙三は川越に土地を買い、開墾して茶園経営を始めます。

しかし、従来の手揉製茶法では一日に作れる茶の量は限られるため、製茶機械の開発に取り組み始め、医者として蓄えた財産を製茶機械開発に投じていきます。

試行錯誤の末に1884年(明治17年)に「焙茶器」が完成。
翌年には「生葉蒸し器」と「製茶摩擦器械」も完成。
特許も取得しましたが、止むことなく次々と新しい機械を世に生み出していきます。
1886年(明治19年)には「茶葉揉捻機」でも特許を取ります。

謙三は「自立軒製茶機械」という、蒸しから乾燥までを一括で行う、つまり製茶機のオートメーション化を目指していました。
その開発のために医者を辞め、命を懸けて取り組みます。
しかし、完成したと思われた「自立軒製茶機械」は失敗に終わります。

その後も諦めずに製茶機の開発を続け、1897年(明治30年)に「茶葉揉乾機」を完成。(現在の粗揉機)

現在の製茶機の基礎を作った人として歴史に名を残します。
謙三の作った製茶機はいまだに「高林式製茶機」と呼ばれています。

参照:お茶街道文化会

「狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展」について

★日時:令和元年7月27日(土)~8月4日(日)
★場所:高麗神社 参集殿2階 大広間
★開催時間:9:00~16:00(入場無料)
※トークセッションが7/28、8/4に行われていましたが、筆者は参加できず…


↑こちらが高麗神社


↑「蒸す」道具の変遷
現在も正式な手揉茶は、丸蒸籠のような「まんとう」というもので生葉を蒸しています。(まだ実際には見たことないのですが…。)


↑茶葉蒸熱機(通称、青葉蒸機)


↑生葉蒸器械複製
1884年(明治17年)特許第2号
丸蒸籠より蒸しムラがなく、大量に生葉を蒸すことが出来るとのこと。

こちらの「高林式粗揉機」の中を見ると、今の粗揉機と全く同じであることが分かります。

小さいですが、「旅の思い出2019年5月‐京都府茶業研究所②(製茶機械)‐」にミニチュア製茶機の写真を載せていますので、よろしければ見比べてみてください。



結び

何が彼をこんなにも駆り立てていたのか考えていました。

財を捨て、命を懸けて、死の間際まで製茶機械を作り続けた彼は日本茶のどんな未来を描いていたのでしょうか。
今は彼の思い描いた未来になっているのでしょうか。

実は筆者、製茶機械を先に見るよりも手揉茶を体験しました。

手揉み茶体験の初回、先生に「この手の動きすべてが今の製茶機械の元になっている」ということを聞き、しばらくしてから実際に製茶機械を見る機会に恵まれました。

手で葉を揉みながら製茶機の動きを想像すると確かに同じで、感動したことを改めてい出します。

本で名前と功績だけは知っていたものの、実際に謙三の生き様等は知りませんでしたので、今回非常に勉強になりました。

▼手揉み茶の記事はこちら

ちなみに、「色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山でとどめさす」とよく聞くフレーズがあります。
狭山茶は火入れが強く、甘いお茶ということなのですが、筆者はまだ「これがとどめをさす狭山茶か!!!」というお茶は飲んだことがありません。

これから探してみたいと思います。
↓こんなお茶???