茶を育てるー挿し穂から挿し木編①ー

一応匿名でこのブログを書いているので詳細はお伝えしておりませんが、今まで茶の木がない場所に住んでいまして、現在は茶畑のある暮らしをしています。
※匿名のため、プライベートな部分に関しては若干事実と異なっていることがございます。筆者を知っている人にはごめんなさい。

小さな茶畑を借りて、趣味程度にお茶作りを楽しめるようになりました。
これは長年の筆者の憧れでして、それを叶えてくれた相方に感謝ばかりです。

茶畑は耕作放棄地だったところですので、荒れ放題。
借りてから数年経っているところではありますが、今も雑草や病害虫のオンパレードです。

静岡や鹿児島の畝になった美しい茶畑ばかり見ている方からすると、あまり美しくないためがっかりする方もいるかも知れません。
※正直筆者もいまだに驚くことがあります。笑

そして、借りている畑の茶の木はすべて≪やぶきた≫という緑茶用の品種です。
≪やぶきた≫は緑茶を作ると非常に美味しいのですが、紅茶や烏龍茶を作るには若干不向き。

相方と「新しい品種を植えよう!」とただいま盛り上がっているところです。
その道中をちょっとずつお見せしようかと思います。



どうやって違う品種を育てる…?

相方と以前から「紅茶や烏龍茶向きの品種を育てたい」となんとなく話していました。
とはいえ、茶の栽培については全く素人の筆者。

お茶カフェをやっていた頃、茶の種や苗をいただいたり、購入したりして何度か挑戦していましたが、寒い土地柄であったため(か、筆者の育て方が劇的にセンスなかったか)ほとんど数年のうちに枯れてしまいました。

さて、じゃあどうする?

ということを、大大大…先輩の茶農家の方に相談したところ、「挿し木すれば?すぐ増えるよー」とのこと。

そして、厚かましくも「じゃあ、挿し穂を下さい!!!」と言って、押しかけたのでした。笑

恐らく素人には、2年生くらいの苗を購入して植えるのが正解のはず。
あえて、難しい道を行くのが筆者の信念←

この心優しき大大大先輩は山のような挿し穂を用意してくださり、美味しい食事とスイーツまでご馳走になり、感謝の言葉が見つからないほどです。
※この素晴らしい大先輩のことはまた改めて記事にしたいと思います。

三品種の挿し穂を大量に切ってくださいました。
うう、本当にありがたい!!!

いざ、挿し木!!!





さて、この大量の挿し穂を挿しやすい大きさにカットします。

これはちょっと失敗かもしれません…。
下の葉から茎の終わりまでが3-4㎝あるのが良いそうなので、ちょっと短い。
上の葉から先端までは5㎜-1㎝程度。(こちらもちょっと足りないような…)

ただ、一本一本の茎間がそれぞれ違うため、うーんうーんと唸りながらカットしていました…。

カットが全部終わったら(ここまでですでに数時間…)、土に挿していきます。

こちらブログを読んでくださっている方は気づいたかも知れません。
ペーパーポット、≪【大人の社会科見学】ビート資料館―白砂糖は悪?≫で一度登場しております!!
なんと、実際に使う日が来るとは…!!!
運命!!!!←大げさ

たっぷりと土に水を含ませて、いよいよ挿していきます。

この挿す作業がなかなか腰に負担ががが…。
真夏にやっていましたので、体力の消耗が激しく、悲鳴を上げてました。笑

発根剤をつけてから土に挿すと良いそうです。


うちではこういう粉状の発根剤を使用しました。
ホームセンターなどでもあるようですよ。

大先輩によれば、土は畑の土を使えばよいとのことでしたが、菌がいるからという相方の意向で赤玉土を大量に購入し、みっちり詰めました。

茶は酸性土壌が適しています。
pH4.0-5.0が最適だそうです。
赤玉土は火山噴出物に伴う酸性の土で、粒状で保水性、通気性が良いため適しているとのこと。(相方談)
鹿沼土も良いかも?

そして、寒冷紗をかけて、直射日光を避けます。

あとは土が乾いてきたら、水をあげて20日~30日程度根が出るのをじっと待ちます。

結び

さて、どうなっていくのか…。
この子たちが成長して、土に植えて、ある程度茶を摘めるようになるまでは5年ほどかかります。

まず、この挿し穂がきちんと根を出してくれるのか…。
土に植えた際に活着してくれるのか…。

まず、冬を越えられるのか…?!

続く…。
乞うご期待!!!

ちなみに、挿し木のやり方等については「図解 茶生産の最新技術-栽培編-」に載っております。
是非ご参照くださいませ。

個人事業主(個人店)の悲鳴。今回の増税について元カフェ店主が思うこと。

今回はちょっと独り言のような内容になります。
ネガティブな内容で、お茶とは関係ないので、お嫌な方はご覧にならないでください。

何度か書いていますが、筆者は数年前まで小さいお茶カフェをやっていました。
カフェを開くために、飲食店でずっと働いてきて、店を閉めた後は普通にサラリーマンをしています。

どこの世界もそうですが、儲かって豪遊している方などごく一部。
少なくとも筆者の周りの個人事業主で、楽に暮らしている人はいませんでした。
どんな仕事も断らずにやり、笑顔を欠かさず、裏で血を吐くような状態の方が多いです。

「好きなことだけをやっていられていいですね」
「毎日楽しいでしょう」

店をやっている時に、よく言われました。
確かに、好きなことをさせていただいていました。
楽しいこともたくさんありました。
素晴らしい出会いや店をやっているからこそ学べたことも数えきれないほどあります。

ですが、裏では魚が死んだような目で過ごしていた日々もたくさんありました。。

今回の増税は他人事ではありません。
ニュースを見ながら、胃が痛くなります。
筆者も実は認識していなかったインボイス制度についても調べてみました。



個人店の元店主として増税に思うこと

筆者の店は本当に小さな店で、筆者と従業員が一人いました。

フード、ドリンクの作成から片付け、レジ打ち、包装、掃除、メニュー作り、ポップ作り、SNS等の宣伝、集客…。

非常に細かいですがやることは常にてんこ盛り。
お客様の流れにも左右されますので、予定していたことが出来ない場合もあり、逆にお客様が全く来なくて売上の心配ばかりしている時もあります。

そこで、この増税。

おまけに煩雑な軽減税率。

極めつけが4年後のインボイス制度。

仕入れするものが10%に上がれば、カフェで提供(販売)するものも価格を上げざるを得ません。

価格を変更する⇒メニューもポップも作り直し⇒レジの入力訂正⇒時間ない⇒できない⇒店閉める

老舗の飲食店があちこちで閉店をしている、というのはおそらくこういった流れだと思われます。

色々なことを乗り越えてきたけれど、もう限界。
年齢的にももう無理。

何十年も続けてきたけれど、すでに65歳を超えているような方たちは皆さん「もう限界かな」と仰っていました。

ただでさえ時間がないのに、また新たに原価計算をして価格を決めて、店内のポップやメニュー表を作り直し、レジを直して、お客様にお知らせをして…。
9/30に徹夜で作業した店も多かったことでしょう。

通常の営業をしながらこれらの仕事をこなすのはかなりの負担です。
これは年齢問わず厳しいと思います。
筆者ももう嫌だと思いました。(;^_^A

思えば、筆者の店でも数年で原材料の値上げが何度も起こっていました。
実際筆者もそれにより、やむなく価格を何度か改定しています。
茶、バター等の乳製品、小麦粉、などなど。

「あれ?前は○○円だったような…?」

というお客様からの声が聞こえるとその度に胸が痛み、頭を下げに行ったことを思い出します。
筆者のように真面目に(?)店をやっている人たちはみんな苦しんでいます。

「そんなの仕方ないよ!国が悪いんだから!」

と言ってくださるお客様がほとんどですが、値上げにより明らかに足が遠のいたお客様もいましたし、嫌みを言われたこともあります。

だからこそ、「価格を変えずに工夫して乗り切ろう!」と頑張ってきた店が、今回の増税ではバタバタと倒れていくのを見ました。
身近な店も、テレビなどでも。



カフェで軽減税率は果たして…?

▼テイクアウトが出来るところは8%、店内で食べると10%
▼酒類は10%
▼セット売り、ギフト売りの難しさ

細かく書けばきりがないほど、個人店にとっては煩雑過ぎて混乱ばかりです。

個人店のカフェは価格が上がればやはり客足が落ちます。

残念ながら、コンビニのテイクアウトドリンクで十分、ペットボトルで十分、という方がほとんどの世の中ですから、他にメリットがなければカフェにはいかなくなってしまうかと思います。

お金さえあれば誰でも開けるのがカフェだと言われてきましたが、もうそうではなくなっています。
零細の個人事業主を淘汰するために、今回の増税とインボイス制度が考えられたとすら思ってしまいます。

インボイス制度については、正確に始まるのが4年後。(2023年10月1日から)
ですが、すでに2019年10月(増税と同じタイミングで)から「区分記載請求書等保存方式」を導入しています。

詳細は≪政府広報オンライン≫を。
インボイス制度については国税庁のPDFを。

課税売上高が1000万以下で益税を得られることがそもそも不公平だ、と言われたらそれまでなんですが…。
カフェで課税売上高1000万以上なんて、大手しかないでしょうね…。

インボイス制度については、筆者ももう少し勉強して改めてまとめてみたいと思います。



結び

増税だけならまだなんとか乗り切れるかも知れませんが、今後のインボイス制度を考えると筆者もきっと店を閉める決断をしていたと思います。
(違った理由で閉店しているのですが…。)

それは茶関係者も同じです。
販売する人も、仕入れを行う人もみんな厳しい現状…。

とにかく、個人事業主にとっては確実に向かい風が吹いています。

課税売上高が1000万未満で免税だった方たちから、消費税分を巻き上げて、弱いところは淘汰する、というのが今回の増税からの流れでしょうから、個人事業主はそれに負けない何かを手に入れる必要がありますね。

筆者はもう無理…。
会社員万歳!←

【2019/11/18追記あり】中国で「宇治」が商標登録?!今後宇治茶と名乗れなくなる?!

ここ数日、ニュースで多く取り上げられています。

「宇治」が中国企業に商標登録される恐れがある(中国で「宇治」が使用できない)という衝撃的な内容です。

この問題について少し調べてみました。
宇治茶を愛する筆者には由々しき問題!!!




事の経緯

2010年、京都の老舗茶舗「福寿園」が宇治茶のブランド名を守るため、「宇治」を中国商標局に登録。

2011年の東京電力福島第一原発事故以降、放射性物質の安全性を証明することが難しくなり(日本と中国双方で放射性物質の安全性を示すことが曖昧なため)、宇治茶を中国へ輸出することが出来なくなる。

2017年、中国企業が商標取り消しを請求、今年8月に認可。
※中国商標法の規定では継続して3年以上使われない商標は取り消される。

⇒福寿園は異議申し立ての行政訴訟の手続きを行う

しかし、一方で中国企業が、商標取り消しを見越して「宇治」の商標登録を再申請。
福寿園も再登録を行うも、上記中国企業の方が一日再申請が早かったため、中国企業が「宇治」の登録者になる可能性が高い。
※現在、京都府、京都府茶業協同組合が中国当局へ異議申し立てをし、対応を急いでいる。



実際に調べてみると…

少し前に中国商標局にアクセスを試みたところ、2019/9/4に「宇治」が某中国企業に登録されていることが確認できました。(2019/9/4は若干うろ覚えですが…)

ただ、その後(10/3)再度閲覧を試みると、アクセスできない状況になってしまいました。

一度閲覧が出来た際に登録者になっていた会社には「宇治○○有限公司」と「宇治」の文字が登録されており、「宇治」で検索して出てきた他の商標には「宇治抹茶」等、宇治にまつわる言葉が多数登録されていました。
「小山園」というのもあったような…。社名では…?

ちなみに、対象の有限公司を検索すると、残念ながらやはり検索が出来ませんでした…。(しばらくグルグルするのが数回続きました)
また後日試してみたいと思います。

また、対象の企業名は伏せておきます。

今後どうなっていくのか考えてみる

調べてみると、似たような事例が最近ありました。
詳細はこちら

同じく中国の商標局で「岡山」を登録していた中国個人の登録が無効になったというものです。
岡山県と岡山県商工会議所連合会の連盟で無効請求を行っていましたが、「岡山」は「公知の外国地名」ということで登録無効が認められたとのこと。

ちなみに、こちらは検索が出来ました。


ちなみに、この下にも続いているのですが「岡山」まだありました…。

今回「岡山」って中国でも似たような地名があるでしょうから、日本のことを知らない方だったとしたら散々でしょうね…。

余談ですが、以前商標登録を考えている方に話を伺ったところ、同じものがないか片っ端から調べなければいけないとのことでした。

中国の方もまさか海外(日本)の県からクレームが来るとは思っていなかったでしょうし、商標登録について考えている方は、きちんと専門家に相談した方が良いと思います。

さて、話を戻しますと。

前例から考えると「宇治」も当然「公知の外国地名」ですし、申請取り下げの可能性は考えられます。

しかし、「岡山」の件は個人の方が登録申請したもの。
「宇治」については企業が相手です。

「岡山」の例ですと2017年6月に個人が商標登録、2018年10月に岡山県側で無効請求を行い、2019年9月30日に岡山県側で無効になったことを公表しています。

個人相手だとしても、1年近く無効になるまでかかっていますね…。
企業相手(企業の規模等にもよると思いますが)だともっとかかってしまうのでは…?

万が一中国企業の商標登録が通ってしまったら…?

一番心配なのは、宇治で作られていない茶を「宇治茶」として販売される可能性があるということでしょうか。

どこで作られたかわからないお茶が「宇治茶」として販売され、特に宇治の特産である玉露や抹茶のブランドイメージが失墜する可能性があります。

もちろん、あくまでも可能性です。
「岡山」に関しては10件以上の「岡山」の登録があるようですが、現状問題になったことはないとのこと。
前例の個人の方も<給湯と水浄化設備>の商標だったそうですし…。ちょっと可哀そうなくらい…。

「宇治」については、利益が相当絡んできますし、宇治側としては長年の信用も中国でのビジネスチャンスも失う可能性が高い訳です。

また、宇治茶だけではなく観光にも大きな打撃があると考えられます。

各国で国の文化や景観を守ろうと整備が進められていますが、今回のようなことが今後も継続して起こってくると考えられます。
日本の茶も海外への展開を今後より進めていくにあたって、より充実した保護制度が必要でしょう。

【関連記事】
旅の思い出2019年5月-京都府茶業研究所①(玉露の本ず栽培)-
「宇治茶の普及とおもてなしの心の醸成に関する条例」、「府『宇治茶』新条例」(仮称)とは?
南九州市知覧の茶商が初めてのFSSC22000取得。日本茶はますます海外へ。
▼東京オリンピック・パラリンピックに向けた茶の取り組み。GAPについて。
インド、アッサムティの地理的表示(GI)保護制度
ユネスコ無形文化遺産に日本茶を!大切な日本の文化を守ろう。



結び


モッチーさんによる写真ACからの写真

常識的に考えると、「宇治」がこのまま簡単に中国企業の商標登録とはならないと思っています。

宇治が日本にとってどれほどの歴史と文化を持った場所で、宇治茶がどれほど日本の茶業に影響を及ぼす存在であるかを考えれば、万が一、中国企業の商標となった場合は国同士の問題にも発展しかねないのではないかと筆者は考えています。

ただ、このようなことが起こり得ますから、世界的な共通の保護制度の整備が求められ、積極的に登録をしていくべきだと考えています。

登録は非常に大変であると聞いていますが、そこは国が財産を守るとしてもっと力を貸してほしいと願うばかりです。

※この辺りの知識が乏しいので、誤りがあったら是非お教えください。今後も勉強をしていきたいと思っています。

【追記 2019/11/18】
京都新聞で中国の宇治茶のコピーにより2億円の被害が出ているという記事がありました。こちら

記事の下に記載がありましたが、筆者も「国をあげて対応していかないといけない問題」だと思います…。

【○○茶の日】ってたくさんありませんか?10/1は日本茶の日!

○○の日、って毎日のように定められていますよね。
29日は肉の日、とか。

ちなみに本日10/1は「日本茶の日」となっています。
一般社団法人 日本記念日協会には毎日たくさんの○○の日が登録されています。

<日本茶の日>は一年に2日ある?!

すでにご紹介しましたが、10/1が<日本茶の日>。
そして、もう一日が10/31です。

なぜそんなに近い時期に<日本茶の日>が二日もあるのでしょう。

まず10/1の日本茶の日は、≪伊藤園≫が定めた日となります。
1587年(天正15年)10月1日に豊臣秀吉が京都北野天満宮にて「北野大茶湯」を行ったことから由来しているそうです。
先日行った、熱海のMOA美術館に秀吉が作った黄金の茶室のレプリカがあり、この北野大茶湯でお披露目されたことを書いています。
※参考記事:黄金の茶室-国宝、重要文化財多数の熱海のMOA美術館を訪ねて‐

武士、平民、身分問わず参加できる大茶会。
たくさんの人に茶を飲んでほしい、楽しんでほしいという思いが込められた素晴らしい日を<日本茶の日>に定めたとのこと。

Twitterでのキャンペーンも行っていますので、参加してみると良いでしょう。
※2019/10/14まで

≪伊藤園≫と言えば、こちらですね。↓

そしてそして!!!
個人的にとてもおススメなのが、“きゅうスライム”が当たるかもしれない、というローソンと伊藤園のコラボイベントです。
※詳細はこちら
すでに第一弾(対象商品はおーいお茶)が始まっており、第二弾の対象商品はこちら↓

欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい…!(心の声)
すみません、取り乱しました…。(でも本気でほしい)

もう一つの<日本茶の日>は?

もう一つの<日本茶の日>は10/31です。
1192年10月31日に宋から帰国した栄西(臨済宗の開祖)が茶の種や製法を持ってきた日とされているそうです。

栄西は「茶は養生の仙薬なり…」という冒頭で始まる<喫茶養生記>を記し、茶を広めた人物として知られています。

栄西は茶は万能の薬だとし、また禅の修行中の眠気覚ましとして活用しました。
そして種を植え、栽培も行っています。

佐賀県背振村にある霊仙寺は、栄西が初めて茶の種を植えた地とされています。

10月31日といえば、ハロウィンですよね。
ここ数年で異常な盛り上がりを見せているハロウィンイベントと日本茶を絡めたイベントも各地でちらほら見掛けます。

10/1と10/31の一か月以内に二日日本茶の日があることに関しては、特に意味はないようです。



10/31を過ぎると、紅茶の日?!他の茶にまつわる日はいつ?

ちなみに、11/1は紅茶の日でして、お茶カフェをやっていた筆者はてんてこ舞いな時期でした。。
日本茶のイベントが終了次第、紅茶のイベントに切り替えるというとんでもないハードな二日間。笑

11/1は日本紅茶協会が定めた日です。

ロシアに漂着した大黒屋光太夫が11/1にロシアの女帝エカテリーナ二世のお茶会に参加した初めての日本人であろうというところから制定されているそうです。
※詳細はこちら

そして、他にもお茶の日はあるのだろうかと一般社団法人 日本記念日協会のHPを改めてみてみると、以下茶にまつわる日がこんなに…!

★十六茶の日  毎月16日
★和紅茶の日 11月10日
★熟成烏龍茶の日 毎月19日
★熟成烏龍茶の日 10月9日
★午後の紅茶の日 5月5日
★こいまろ茶の日 9月1日
★お茶漬けの日 5月17日
★新茶の日 5月2日
★川根茶の日 4月21日
★中国茶の日 7月8日
★マテ茶の日 9月1日
★無糖茶飲料の日 6月10日
※心を注ぐ急須の日 9月4日 とリプトンの日 5月10日も茶と関係あり?

詳細は是非一般社団法人 日本記念日協会をご覧ください。(それぞれのリンクが貼ってあります。)



結び

○○茶の日、にはここ数年Twitterなどでプレゼントがもらえる企画等を各メーカーで積極的に行っていてタイムラインが賑わいます。
※参考記事:2018年メーカープレゼント合戦

日本紅茶協会等でも紅茶のイベント(セミナー等)が行われたりしていて、お茶に興味を持った方は是非この盛り上がりに乗っていただきたいなぁと思います。

当然お茶好きさんは積極的に盛り上がるわけですが。←自分も含めて

今年もこれからお茶のイベントが目白押しですし、こういったネット上のプレゼント等も増えてくるかと思いますので、是非お見逃しなく!
※参考記事:日本でも紅茶が作られている?-和紅茶の歴史やイベントなどについて-

ティーバッグのマイクロプラスチック問題とは?ティーバッグで茶を飲むのは危険?

世界的にもかなり話題となっているマイクロプラスチック問題。

プラスチックストローが紙製に変わっていたり、買い物したときの袋が有料になったりと、日本も急激に改革が進んでいるのを感じます。

茶についてのニュースを日々検索しているのですが、ここ数日毎日のように見かけるニュースに「ティーバッグのマイクロプラスチック問題」があります。

★関連記事①:プラスチックストローが禁止?どうなる台湾のタピオカミルクティ!

★関連記事②:ティーバッグが破ける?ヨークシャーティ(Yorkshire Tea)のティーバッグ事件



ティーバッグのマイクロプラスチック問題とは?


https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.9b02540 より引用

カナダのマギル大学Nathalie Tufenkji教授の研究チームはモントリオールのカフェやショップからティーバッグを購入し、それを切り開いて洗い、茶葉無しの状態のティーバッグを95℃のお湯に浸しました。

そして、電子顕微鏡と分光法によって成分を分析したところ、多量のプラスチック粒子が発見されたというものです。
その数、約116億個のマイクロプラスチックと31億個のナノプラスチック。

非常に小さな粒子のため、1カップ当たりにすれば16マイクログラムとなり、それほど多くはありませんが食品や他のボトル飲料よりは多いとのこと。

このプラスチック粒子はティーバッグの組成と同じものであったことから、ティーバッグ由来のプラスチック粒子であることは間違いないとのそうです。

さらに、プラスチック粒子が多く含まれた水にミジンコを入れたところ、死にはしませんでしたが、異常行動と発達奇形が見られたとのことです。

実験当時(2019/9/25に論文が発表)、マイクロプラスチックが人間にどのような悪影響を及ぼすかははっきりしていませんが、小さな生き物にとってマイクロプラスチックはかなりのダメージとなることが考えられます。

※上記実験結果はこちらから読めます。(イラスト引用)
※参照①:https://www.newscientist.com/article/2217483-plastic-tea-bags-shed-billions-of-microplastic-particles-into-the-cup/
※参照②:https://www.sciencealert.com/plastic-teabags-are-filling-your-tea-with-microplastics
※参照③:https://gigazine.net/news/20190927-plastic-teabags-release-billions-microparticles/

実際どうなの?

具体的にどこのメーカーのティーバッグを使用して実験したのか等詳細は不明です。
恐らく商品名を出してしまうと、現状人間への影響がはっきりしていないのに風評被害で大変なことになりかねないのだろうと思います。

気になるのは、例えば自身もよく使用しているリーフティを入れるパック(だしを取るときにも使用)も同じなんでしょうかね。

だしパックの場合は紙素材のものが多いような気もしますが…。

こういうもの。

旅に出るときなどに、好きな茶葉をこれに入れて、ホテルでも飲めるようにしています。
非常に便利なんですが…。(;^_^A

また、最近よくある生分解性フィルターも同じなのでしょうか…。

こちらですね。
自身も使用しているのはこのタイプになります。

ほとんどのメーカーはこちらになっているような気がしていますが、これもマイクロプラスチック粒子が抽出されてしまうのでしょうか。。

また、茶関係の方ならあるあるかと思うのですが、試飲用コップも気になります。

茶のイベントなどが今年もまだまだ続きますが(こちらを参照ください)、個人的に紙コップでの試飲が嫌いです。
特に、少し熱めの茶を淹れると、紙の味がするため折角のお茶が美味しくなくなってしまいます。
そのため、筆者は今まで必ずプラスチックコップを使用していました。


ペットボトルからもマイクロプラスチック粒子は検出されていますので、試飲用カップもいずれ紙コップに切り替えるべき時が来るのでしょうね。

最近は紙コップでも、紙の匂いが気にならない作りの良いものが多く販売されるようになりました。

ちなみに、アメリカ、ペンシルベニア州立大学の研究によると、海水に含まれるマイクロプラスチックの60%は洗濯用糸くず(合成繊維)であるという研究も出てきています。
★参照:http://karapaia.com/archives/52282655.ht

そう考えると、ティーバッグから抽出されるマイクロプラスチックはそれほどでもないのかも知れませんが、無意識に身の回りに溢れているプラスチック製品。

長らく恩恵を受け続けてきましたが、見直しの時期にきているのかも知れませんね。

結び

こういう研究結果が出たことにより、安価で粗悪なティーバッグを使用しているメーカーは叩かれることになるかも知れませんし、茶業界全体でも検討していくべき事案であると思われます。

今のところ人体への影響がどれほどなのかはまだ分かりませんが、海洋生物たちの苦難を考えると少しずつでもプラスチック製品を使用しないようにしていくことが大切だと考えられます。

個人的に以前からゴミを出さないようにするという取り組みで、「給茶スポット」「お茶Bar」の活動に賛同しています。⇒昔の記事ですが、こちら

紙コップもプラスチックカップもティーバックも使わないのは、自身でポットや急須茶を淹れることです。

出るのは茶殻だけ!!(肥料にもなる!!!)

自宅でも職場でも、自分でお茶を淹れて、マイボトルを持って歩けば環境に優しいと思うんだよね~。

これを機に、ティーポットや急須で茶を淹れることを今より多くの方が見直してくれるようそっと願います。

黄金の茶室‐国宝、重要文化財多数の熱海のMOA美術館を訪ねて‐

先日、MOA美術館に行ってきました。
熱海温泉に行く途中での立ち寄りです。
調べてみると、国宝品、重要文化財のようなものも多数所蔵しているとのことでしたので、興味津々で行って参りました。

MOA美術館とは

【場所】
熱海市桃山町26-2
【HP】
http://www.moaart.or.jp/

地図はこちら↓↓





熱海駅からは近いですが、自家用車ですと割とテクニックを要する山道(くねくね)ですので、自信ない方はバスをご利用いただいた方が安全かと。

タクシーやバスで10分かからない程度です。
(HPにはタクシー5分、バス7分とあります)

山の上に建っており、風光明媚な場所にあります。
フロアに入ると、熱海の美しい海が一望できます。

美術品よりなにより、まずここで皆さん写真タイム。
伊豆半島や初島も見えます。
「映えます」ね。

MOA美術館は昭和57年に開館。
絵画、書、工芸を中心に国宝が3点、重要文化財66点(合計で3500点)を所蔵する熱海を代表する美術館です。

尾形光琳の「紅白梅図屏風」は2月の梅の時期に期間限定で公開されるそうで、ファンが多いとか。

2017年にリニューアルされ、7万坪にもおよぶ敷地内の庭園には四季折々の花が咲くため美術品と風景と双方から心を潤すことが出来る素晴らしい美術館と言えます。



茶好きな方におススメポイント①

まずは、当然「黄金の茶室」です。

とりあえず、目がチカチカするほどに煌びやかな茶室です。
なんとなく伝え聞いている秀吉のイメージにはピッタリ。(勝手なイメージ)

圧巻のキラキラ具合…!!!
何度も書いていますが筆者は茶道を習ったことがありませんが、この茶室でお茶を飲みたいとは思わな…(略

「黄金の茶室」は1586年の正月に豊臣秀吉が正親町天皇に茶を献ずるために、京都御所内に組み立て式の黄金の茶室を持ち込んだという史実に基づき再現されたものとのこと。(MOA美術館HPより)

1587年の北野天満宮で行われた「北野大茶湯」でも披露されたと伝わっています。

詫び寂びを重んじた利休の好みでは決してないように思われますが、時の権力者である秀吉の力を誇示するには十分なものですし、作成には利休が関わっていたものと考えられているようです。(資料は現存せず)

行ったことはありませんが、大阪城天守閣にも再現された黄金の茶室があるそうですので、今度はそちらにも行ってみたいと思います。

茶好きな方におススメポイント②

もう一つは野々村仁清作の「色絵藤花文茶壺」です。
こちらは国宝。

17世紀作、となっていますが色鮮やかで美しい茶壺です。

「茶壺」であるからには、「口切の茶事」のために新茶を詰められたのでしょうか。
宇治でこの壺に茶は詰められたのでしょうか。

色々と妄想は尽きません。
非常に美しいままの姿ですので、使用はされていないのかも。全く知識がなく分かりません…。

※展示物は時期によって異なっているかと思いますので、筆者が行った9月半ばでのおススメです。

国宝と重要文化財って?

国宝と重要文化財の違いが正直分かりませんでしたので、調べました。

国が定めた「文化財」の中には「有形文化財」、「無形文化財」、「民俗文化財」等がカテゴライズされており、「有形文化財」(建築物や美術品等)のカテゴリーの中で<重要なもの>を【重要文化財】。
その中でも特に<歴史的や芸術的に価値が高く貴重なもの>を【国宝】と称しているそうです。

■関連記事:ユネスコ無形文化遺産に日本茶を!

インド、アッサムティの地理的表示(GI)保護制度

関連記事でもいくつか書いていますが、どこの国でも自国の文化を守ろうという取り組みをしています。

例えば、京都、宇治は「文化的景観」に当たります。
「平成21年2月、美しい自然と歴史的な市街地、そして宇治茶の伝統を継承する「宇治の文化的景観」がわが国民の生活や生業の理解のために特に重要な景観地として、都市では初めての「重要文化的景観」に選定されました。」(宇治市HPより抜粋)

この辺りはもう少し勉強してまとめてみたいところです。



結び

来館した時に展示されていた「奇想の又兵衛-山中常盤物語絵巻-」も非常に美しく、心奪われました。

茶好きな人間としては茶にまつわるものを探して歩いてしまう癖がありまして、絵画等に関心がなくともこちらの美術館は十二分に楽しめます。

美術に疎くても、こういった美しく、価値のあるものを見ると薄汚れた心の澱がすーっと流れていくってもんです。

こちらのMOA美術館の素晴らしいと思えたところがもう一つあります。
ほとんどの展示物を写真に撮れるということです。(フラッシュはダメ)

今まで数は少ないですが行った美術館で、写真を撮ってはいけないと言われたことはあっても、「どうぞ撮ってください」と言われたことはないです。(実際言われました)

大切な日本の文化を多くの人に見てもらって、知ってもらいたい、という思いも溢れている素敵な美術館です。
是非足をお運びください。

日本でも紅茶が作られている?-和紅茶の歴史やイベントなどについて-

 

むかーしむかし。
筆者が茶カフェを始めた頃から閉店するまで(閉店は数年前)、ある和紅茶を出していました。

閉店する直前まで‐それはたった数年前ですが‐紅茶についてそれほど興味のない方たちは「日本でも紅茶って作っているんですね」と仰いました。

逆に、紅茶に興味があり、和紅茶ブームが到来した十数年前(?)に早速飲んでいた方は「和紅茶は二度と飲みたくない」と仰います。

店を営業している間に当店の和紅茶を初めて飲んだ方たちは「すっきりしていて飲みやすい」「優しい味わいがする」(あくまでも当店で扱っていた和紅茶の印象)と仰り、後者の方たちは頑なに「和紅茶は飲みたくないんです」と言い続けておられた気がします。

地方都市の小さな茶カフェでしたから、東京等に比べると和紅茶を知らない割合はぐっと多かったとは考えられますが。

和紅茶について、少し筆者の思い(抑えめ)を含めてまとめてみたいと思います。



日本で紅茶が作られるようになった歴史

和紅茶、国産紅茶などと言われています。
いずれも【日本国内で作った紅茶】のことを指します。
煎茶なども合わせて、総称して【日本茶】と呼ばれることもありますが、【日本茶】という言葉から想像されるのは、いわゆる煎茶(抹茶)ではないかと思います。

煎茶も和紅茶も、実は明治期に生糸とともに輸出をされていました。
江戸幕府が崩壊して鎖国が終わり、明治政府は列強各国との貿易の中で「茶」が外貨獲得に非常に大切なものだと分かっていました。

1859年横浜が開港したその年に緑茶が180トン輸出されています。
ちなみに、2019年1月~5月に輸出された緑茶は約2400トン日本茶輸出促進協議会HPよりで、横浜開港した10年後にはおよそ6000トンの茶が輸出されていたというからすごいことです。

世界的にも、また輸出の最大相手国であるアメリカも緑茶より紅茶を求める声が大きくなっており、日本は早急に紅茶を増産しなければいけなくなりました。
※イギリスでの爆発的な紅茶ブームが少し遅れてアメリカにやってきたものと思われます。

1874年に明治政府は「紅茶製法書」を編纂し、各府県に配布して紅茶製造を奨励しました。
また、中国から二人の技術者を呼んで、九州四国の<ヤマチャ>を使って中国式の紅茶を作るように指導します。(ヤマチャ⇒山の中で自然に育っている茶木)

同時に、実際の海外の生産や製茶技術を学ぶため、「多田元吉(ただもときち)」を勧業寮に登用し、派遣させることに決めます。
彼は元々江戸の幕臣でしたが、明治維新後に駿河(今の静岡)で茶業(茶生産等)に尽力していました。
※勧業寮とは、内務省に設置された殖産興業を担当する部署のこと

1875年、彼はまず清国(今の中国)へ派遣され、茶の栽培法、紅茶の製法などを学び、製茶機械や茶の種を持って帰ります。

元吉は清国からの帰国後、すぐに今度はインドへ渡ります。
日本人で初めてダージリンやアッサムへ行き、製茶機械を模写し、茶の種を持って帰ってきたのが多田元吉です。




1877年に帰国。
帰国後、内藤新宿試験場や静岡県丸子に持ち帰った原木を植え、紅茶品種の栽培を行い、国産紅茶の普及のために丸子で増産した種や苗を持って、全国各地を回ります。
※内藤新宿試験場は現在の新宿御苑の場所にありました。

そして、最新の紅茶製造をインドで学んだ元吉は、失敗に終わっていた中国式紅茶ではなく、インドの製茶法を改めて高知県で作るよう指導に当たります。
他にも、静岡、三重、滋賀、福岡、熊本、大分、長崎、鹿児島等も周り、紅茶製造の指導を続けます。

1878年には政府が「紅茶製造伝習規則」を発令し、各産地に紅茶伝習所を設置しました。
その甲斐あって、1892年には150トンほどの紅茶が全国で生産されます。

しかし、日清戦争(1894-1895)や日露戦争(1904-1905)の間にインド、スリランカの台頭により、日本の紅茶の輸出は落ちますが、1929年の大恐慌の折にはインド、スリランカ等の茶業者が輸出制限を行ったため、日本の紅茶の需要が急増し40トン程度の年間輸出が数年で6000トンまで急激に伸びました。

第二次世界大戦が始まると、1945年には年間130トンほどに激減しますが、戦後には少しずつ復興し、1955年には8500トンほど生産の内、5000トンほどの紅茶を輸出しています。

しかし、1971年の紅茶輸入化に伴い、インドやスリランカの高品質で低価格の紅茶が急激に増え、日本の紅茶はほとんど壊滅状態となります。

緑茶の国内需要は伸び、栽培面積も広がっていましたが、缶飲料やペットボトル飲料の台頭により次第に伸び悩み、一番茶しか売れない時代となっていきます。
紅茶の製造に一番向いていると言われる二番茶を緑茶から紅茶に切り替える農家が増え、次第に各産地で地場の紅茶を作る方たちが増えていきました。

今では、紅茶用品種で、インドやスリランカや中国にも負けないような日本独自の紅茶があちこちで生まれています。

2019年、これから和紅茶に出会えるイベント

北の茶縁日和(9/6.7 札幌)

ジャパン・ティーフェスティバル2019(10/19.20 東京)

世界お茶まつり2019(11/7-11/10 静岡)
3年に一度の茶の祭典!「世界お茶まつり2019」に行ってきました。<概要編>

第15回地球にやさしい中国茶交流会(11/23.24 東京)

紅茶フェスティバルin尾張旭(11/24 名古屋)

第18回全国地紅茶サミットin愛知(12/8.9 豊橋)←8/29追記

日本茶AWARD2019

上記はかなり大きなイベントになりますが、和紅茶だけではなく、和烏龍茶等も販売されている方もいらっしゃいます。

生産者の声が聞ける、貴重なイベントです。

中にはグランプリを決めるものもあり、多くの方が好む和紅茶の傾向をつかむことが出来ますので、まずは賞を取ったものから飲んでみるのは非常におススメです。

他にもあちこちで和紅茶を作っている生産者が出店しているイベントや飲めるカフェ、雑貨屋などもありますので、気になる方は是非探して見てください。

ネットで購入できる和紅茶



「べにふうき」と検索すると、たくさん和紅茶が出てきます。
今、一番多く使われている和紅茶の品種はべにふうきではないかと思います。(筆者統計)

べにふうきは前述の多田元吉がインドから持ってきた種の中から選抜された品種(べにほまれ)を親に持っています。
日本育ちでインドの血を引いています。

実は日本には紅茶用の品種がいくつかあります。
品種の話はまた別の記事で書きたいと思います。まとまらないから。。

べにふうきはアレルギーに効く「メチル化カテキン」を多く含むということで有名になったこともあります。
ただし、紅茶にすると残念ながらメチル化カテキンの効果はなくなってしまうようです。

抗アレルギー効果を求めるならべにふうき緑茶をどうぞ。
※茶は薬ではありませんのでご了承ください

結び

筆者が紅茶にはまりだした20年ほど前は、和紅茶がそれほど浸透していなかったように思います。(もしかしたら知らなかっただけかも知れませんが…)

そして、非常に残念なことに二番茶が売れないからと、緑茶用品種(主にやぶきた)を緑茶用の機械で紅茶(のようなもの)を作っていた方が圧倒的に多かったと思います。

当時和紅茶和紅茶と言われるようになった時にその「はっきり言って適当に作った二番茶の紅茶」を飲んだ方たちは今でもトラウマを抱えている人が多いです。
それが冒頭の後者の方たちです。(二度と飲みたくないという言う方たち)

青みがかっていて、渋みではないえぐみがあり、飲むと胃が痛くなるようなものがたくさん世に出回っていたのです。

筆者も一時期は警戒しながら飲んでいましたが、ここ数年はコンテストやグランプリが行われるようになったこともあってか、非常にレベルの高い和紅茶も増えています。

人件費等を考え合わせると、正直まだまだレベルの割には価格の高いものが多いですが、和紅茶の未来は明るいと感じられるものが次々に出てきています。

美味しい和紅茶を作っている生産者の方の商品は毎年少しずつでも購入するようにしています。
これからもずっと美味しい和紅茶を作っていっていただきたいから。

筆者のような一般消費者にできる、唯一の応援です。

和紅茶に興味を持っていただいた方はまずはどこかで購入して飲んでみてください。
そして、それが口に合わなかったとしたら、くじけずに他のものも試してみてください。(SNS等で評判を聞いてみると、お茶好きさんは恐ろしいほどコメントしてくれます。笑)

そして、機会があればイベントに行って、生産者の想いを聞いてみてください。

きっと心が震えるほどの素敵な出会いがあるはずです。



入間市博物館ALITの「お茶の博物館」にて狭山茶について学ぶ

先日、入間市博物館ALITへ行ってきました。

ALITお茶大学】では「お茶」と「地域」をテーマに年間を通して様々な講座を行っており、生産地全体で「地元のお茶」を盛り上げています。
お茶好きな人はたまらない講座などもありますので、筆者も今後要チェックです。

▼場所はこちら

博物館ですので、小さなお子様も楽しめるような展示(こども科学室等)もあるのですが、いそいそと「お茶の博物館」へ。(とはいえ、一通り見ました。うっかり童心に帰りました。)



狭山茶の特徴



「色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山でとどめさす」

なんとなーく、どこかーで聞いたことのあるこのフレーズ。

また、「狭山火入れ」という、いわゆる「火香」が強いのが狭山茶の特徴であると聞いたことがある方も多いかも知れません。

「狭山火入れ」について著名な生産家の方に伺ったところ、「昔はすべて焙炉の上で手で茶を作っており、当然乾燥機などはない。そのため、焙炉でしっかりと乾燥させることで自然と火香がついたものだと考えられる。」とのことでした。

強火で茶を焙じた場合ほうじ茶になりますが、「火香」はあのほうじ茶の香りの弱いものだと考えていただくと分かりやすいかと思います。
※香りの成分的に強弱があるだけなのかどうかはわからないですが…

一般の煎茶より少し高温で火入れ(焙炉乾燥)をすることにより、茶葉は若干白くなり、水色も少し黄金色になるようです。

また、狭山は茶の生産地としては少し寒い場所のため、葉が肉厚になり、蒸し時間を長くしなければ静岡や宇治のような形状に揉めなかったのかも知れません。
そのためか、形よりも味を重視して作られてきたという歴史があるとのことです。

狭山茶にはこっくりと甘味があり、味わい深い印象を筆者も受けます。



狭山茶の歴史

「狭山茶」の多くはこの博物館のある入間市で生産されています。
しかしながら具体的にいつ頃から茶の生産が始まったのかは歴史上はっきりとしていません。

南北朝時代(1337-1392)の「異性庭訓往来」(往復の手紙形式で、寺子屋等で使われた初級の教科書)には、【武蔵川越(むさしのかわごえ)】と【武蔵ノ慈光茶(むさしのじこうちゃ)】という名が有名な茶生産地として登場します。

【武蔵川越(むさしのかわごえ)】は川越市小仙波町にあった「無量寿寺(むりょうじゅじ)」が発祥の地とされ、比叡山延暦寺から伝わったと言われているそうです。

一方、【武蔵ノ慈光茶(むさしのじこうちゃ)】はときがわ町にある天台宗の古刹「慈光寺(じこうじ)」が発祥の地とされています。
※栄西の弟子の栄朝が鎌倉時代の慈光寺の住職だったため、抹茶の製法が伝来したのではないかと言われているそうです。

しかし、どちらも関東の天台宗の大寺院であったため、戦国時代には後北条氏(小田原北条氏)によって焼き討ちされてしまいます。
茶を生産していた有力寺院が無くなったことにより、「川越茶」と「慈光茶」のブランドもここで消えていくこととなります。

しばらく狭山茶は途絶えますが、江戸時代後期に宇治の蒸し製煎茶の高まりから、狭山も蒸し製煎茶の製法を習得した者たちにより、狭山茶が復興します。

幕末には横浜が開港し、狭山茶も横浜からアメリカ(北米)へと輸出されます。
有力な茶業者により、「狭山会社」が作られ、アメリカへの直輸出等も行っていったようです。

茶業組合や茶業伝習所があちこちに作られ、その後は機械製茶も始まり、昭和3年には埼玉県の茶業研究所も開設されます。

第二次世界大戦中からしばらくは再度荒廃してしまいますが、割と早くに復興を遂げ、昭和30年~40年代には大きく生産量を伸ばしていきました。

 


埼玉県公式HPより引用

結び

筆者は狭山茶はもっと大きな生産地だと思っていました。
統計を見ると、栽培面積も生産量も思ったよりは多くないんですよねー。

単純に狭山茶にゆかりのある知り合いが多いのか、著名な生産者の方のネームバリューなのか…。

狭山茶は「自園・自製・自販」が主流だそうです。
例えば静岡や鹿児島等の大きな産地では茶の生産、加工、流通が分散化されており、消費者の手に渡るまでは時間も労力もかかります。(中間マージンも発生)

つまり、小さな生産者でも自ら茶を作り、販売することで高い利益を得ることが出来ます。(出来る可能性がある)
これは狭山茶の大きな特徴であると考えられます。

また、埼玉県全体で狭山茶を押している空気はひしひしと感じますし、ALITお茶大学のニュースも全国版で見たような気がします。(うろ覚え…)

昔縁あって入間市に数年間通っていた筆者としては、狭山茶の増々の飛躍を楽しみにしています。

それほど大きな茶の展示ではないですが、トップ画像のような「製茶仕入帳」という素晴らしい展示があったり(中は見られないので残念…)、昔の焙炉が展示されており、茶室があったり、かなり楽しめました。↓

また、受付でお願いすれば、茶に詳しい方が解説をしてくださるサービスもあるそうですので、是非ご利用ください。



狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展(令和元年7/27~8/4)

先日「狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展」へ行ってきました。

高林謙三、をご存知でしょうか?
ご存知だという方はかなり日本茶に詳しいはずです。マニア…?
筆者は数年前に某インストラクターの勉強をしていた時に初めて知りました。。

現在の日本茶が大量生産ができるようになったのは間違いなく彼の功績です。
展示の写真とともに、高林謙三の歴史や功績を追ってみたいと思います。

高林謙三という人について





1832年武蔵国高麗郡平沢村(現在の埼玉県日高市)生まれ。
日本の古医学を学び、医者として開業。

欧米諸国と通商条約を結んだ日本の輸出品は生糸と茶であり、茶の生産量を増やすことが急務だと考えた謙三は川越に土地を買い、開墾して茶園経営を始めます。

しかし、従来の手揉製茶法では一日に作れる茶の量は限られるため、製茶機械の開発に取り組み始め、医者として蓄えた財産を製茶機械開発に投じていきます。

試行錯誤の末に1884年(明治17年)に「焙茶器」が完成。
翌年には「生葉蒸し器」と「製茶摩擦器械」も完成。
特許も取得しましたが、止むことなく次々と新しい機械を世に生み出していきます。
1886年(明治19年)には「茶葉揉捻機」でも特許を取ります。

謙三は「自立軒製茶機械」という、蒸しから乾燥までを一括で行う、つまり製茶機のオートメーション化を目指していました。
その開発のために医者を辞め、命を懸けて取り組みます。
しかし、完成したと思われた「自立軒製茶機械」は失敗に終わります。

その後も諦めずに製茶機の開発を続け、1897年(明治30年)に「茶葉揉乾機」を完成。(現在の粗揉機)

現在の製茶機の基礎を作った人として歴史に名を残します。
謙三の作った製茶機はいまだに「高林式製茶機」と呼ばれています。

参照:お茶街道文化会

「狭山茶と製茶機械発明家 高林謙三展」について

★日時:令和元年7月27日(土)~8月4日(日)
★場所:高麗神社 参集殿2階 大広間
★開催時間:9:00~16:00(入場無料)
※トークセッションが7/28、8/4に行われていましたが、筆者は参加できず…


↑こちらが高麗神社


↑「蒸す」道具の変遷
現在も正式な手揉茶は、丸蒸籠のような「まんとう」というもので生葉を蒸しています。(まだ実際には見たことないのですが…。)


↑茶葉蒸熱機(通称、青葉蒸機)


↑生葉蒸器械複製
1884年(明治17年)特許第2号
丸蒸籠より蒸しムラがなく、大量に生葉を蒸すことが出来るとのこと。

こちらの「高林式粗揉機」の中を見ると、今の粗揉機と全く同じであることが分かります。

小さいですが、「旅の思い出2019年5月‐京都府茶業研究所②(製茶機械)‐」にミニチュア製茶機の写真を載せていますので、よろしければ見比べてみてください。



結び

何が彼をこんなにも駆り立てていたのか考えていました。

財を捨て、命を懸けて、死の間際まで製茶機械を作り続けた彼は日本茶のどんな未来を描いていたのでしょうか。
今は彼の思い描いた未来になっているのでしょうか。

実は筆者、製茶機械を先に見るよりも手揉茶を体験しました。

手揉み茶体験の初回、先生に「この手の動きすべてが今の製茶機械の元になっている」ということを聞き、しばらくしてから実際に製茶機械を見る機会に恵まれました。

手で葉を揉みながら製茶機の動きを想像すると確かに同じで、感動したことを改めてい出します。

本で名前と功績だけは知っていたものの、実際に謙三の生き様等は知りませんでしたので、今回非常に勉強になりました。

▼手揉み茶の記事はこちら

ちなみに、「色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山でとどめさす」とよく聞くフレーズがあります。
狭山茶は火入れが強く、甘いお茶ということなのですが、筆者はまだ「これがとどめをさす狭山茶か!!!」というお茶は飲んだことがありません。

これから探してみたいと思います。
↓こんなお茶???

旅の思い出2019年4月‐第28回さぬき二ノ宮ふる里まつり(香川県)‐





色々飛び飛びのブログです。。
5月の茶旅の続きから少し遡り、非常に心に残ったとあるイベントのこと。

今回の4、5月の旅では丁度新茶シーズンということもあり、2つのお茶のイベントに参加できました。

一つは宇治新茶 八十八夜茶摘みの集い(2019/05/02)。
もう一つが今回ご紹介する「第28回 第28回さぬき二ノ宮ふる里まつり」(2019/04/29)です。
▼「宇治新茶 八十八夜茶摘みの集い」(2019/05/02)関連記事:

ほんわかした高瀬茶のイベントについて、(いつも以上に)軽めにまとめます。

第28回さぬき二ノ宮ふる里まつり(香川県)について

場所はこちら。

高瀬茶業組合周辺では茶摘み体験、茶畑ろ~どウォークが行われ、二ノ宮小学校の入り口ではうどんや筍のてんぷら等の販売。
グラウンドではライブや手揉み茶実演、バザー販売等盛りだくさん。

★日時★
平成31年4月29日(月・祝)
午前9時~午後3時(小雨決行)

当然、茶メインでの参加の我々。(いえ、うどんは食べまして、非常に美味しかったですけれども。)

まずは朝一で茶摘みを。

こちらはやぶきたの畑のようです。
他の品種を育てているところもあると聞きました。(めいりょく、べにふうき等)

新芽が元気いっぱいで、力を入れなくてもぽきぽきと自然に折れてくれます。
旅の途中ですので、ほんの少しだけ摘んで終わりにしました。

ちなみに、いくら摘んでも100円!!!
年配のおじさまとおばさまが鬼のように摘んで、袋にたっぷり入れて持ち帰ったのを見逃しませんでした。業者の人?!っていうレベルの摘み具合…。

胸に残る「茶畑ろ~どウォーク」





茶摘みから二ノ宮小学校へ向かう途中、当然「高瀬茶業組合」で新茶を購入。
二ノ宮小学校で、うどんと筍ごはんとてんぷらをモリモリ食べて、グラウンドを見て回り、その後「茶畑ろ~どウォーク」へ。

「茶畑の中を歩きながら、スタンプラリーをし、豪華賞品をもらおう!」というような内容。(少々適当)

茶畑の中を歩けるなんて、最高!とカメラのレンズ調整をしながら、いざ出陣。

ん?

あれ??

筆者の知っている茶畑とはどうも様子が…。(;^_^A

ジャングル…???!!!

細かいことは存じ上げませんが、放棄茶園らしき、手入れしていない茶畑があちらこちらに…。

茶は通常機械で摘み取ることが多いので、あまり伸びてしまわないように刈り揃えるのですが、刈ることすらされずに自然と上に伸びています。(しかも元気いっぱい)

とはいえ、茶好きな人間としては、こういうところを近くで見られるのも面白い訳でして、写真を撮りまくりました。

小さな新芽が必死で生きています。

人間の手が加わっていないため、あちらこちらから新芽を伸ばそうとしています。

野性味あふれる茶の木…!!!
素敵だ…!!!←変態(たち)

歩みを進めていくと、少し小高い丘へ。


※写真はいつか直します…。どうしても横になる…。

こちらはおばあちゃま一人で「茶」と見えるように茶の木を植えて、管理をしているそうです。

映える!!!(興奮)

この「茶」が見える場所にスタンプラリーポイントがあり、ハンコを押してもらうのですが、そこにいたおばちゃまが近くで柑橘類の栽培をしているそうで、なんと無料でふるまっていました。(おばちゃんは「売る」って言っていたけど、それは多分「あげる」が正しいよ…?)

丁度無くなっていたのですが、旅の途中なので「ま、いいか」とおばちゃんとお別れ。

さらに道を進んでいくと、

あ、茶畑らしくなってきた!!!

そうそう、筆者の知っている茶畑はこういうやつ!!!

…いや、もしかしたら多くの人が茶畑と思っている茶畑は、本当の茶畑ではないのかもしれない…とかいろいろなことを考えながら、ぼちぼちと歩いていると、先ほどのおばちゃんが軽トラで登場。

袋一杯のいよかん?やら金柑やら(しかも枝ごとw)を袋に入れて、「持っていきなー」と追いかけてくれました!

わーーーー!!!!
すげーーーーー!!!
おばちゃん、ありがとう!!!!

とテンションは上がったものの、現在6キロの道のりの半分ほど。
恐らく5キロ以上はあるであろう大量の柑橘類入りの袋…。

それを持たされた方の「思いが重い…」という名言をここに記しておきます。

その後は整備された茶畑を離れ、神社を通過し、果てしなく続く道路を汗だくで歩いていると、神社のスタンプラリーポイントにいたおじさんが再び軽トラで登場。

「もうスタンプラリー終わったから、これあげるわー」

と、参加賞のペットボトル入り茶やお菓子を下さいました。
っていうか、終わったんだ…w

わーーーーーー!!!
おじちゃん、ありがとうーーーー!!!!

「思いがさらに重くなった…」という名言②とともに、まだまだ続く道のりをひたすらに歩き、二ノ宮小学校に戻ったのでした。



結び

地元の美味しいうどんや、筍と地元の方たちの優しさに触れて、非常に心温まる楽しいイベントでした。

元々は茶を手で摘んでいたのだから、きっと放棄茶園のように上に伸びる茶の木から新芽を摘んでいて、そこから管理しやすく腰くらいの高さに刈り揃えるということをするようになったのでしょうし、「茶畑ろ~どウォーク」では茶栽培の進化を見せてくれたような気がしています。(意図しているのかどうかは知りませんが…)

また、この温かい土地での茶の栽培も下火になってきているのではないかと心配になったり…。

 

何より素晴らしいと感じたのは、地元の方たちがとても楽しそうにイベントを行っており、老若男女問わず多くの方が集まってきていたこと。

綺麗で美しい茶畑ばかりではないけれど、「茶」が生活に自然な形で取り込まれているのを見たこと。

仕事柄、日々都会的でちょっと尖ったお茶ばかりを好んで飲んでしまいますが、この素朴で温もりのある高瀬のお茶を飲んだ時、心から「ほっ」としたのを今でも忘れません。

こういう「茶」もいいなぁと心から思ったのでした。

本当に楽しいイベントでした。
是非来年も参加したいです!