骨董市で発見した50年前?の紅茶についてーヒノマルセイロン紅茶ー

正面ヒノマル 紅茶

久々じゃない更新ってあるんですか?と問われるともうぐうの音も出ませんが、久しぶりにブログを書きます。

先日骨董市で見つけた紅茶缶。

「ヒノマルセイロン紅茶」

ヒノマル紅茶、和紅茶の歴史を調べていた時に何度か見た名前です。

振ってみると中身が入っている音がします。

うむ。
これは面白い。

購入してみましたので、これについて色々書き連ねてみたいと思います。

ヒノマル紅茶とは?

普通に調べてみました。

1997年4月の食糧新聞で以下のように書かれています。

国産紅茶を作ろうと大谷嘉兵衛らが日本で最初の紅茶製造会社を静岡市安西に設立したのが一九一七年(大正6年)、日本紅茶(株)の前身がスタートした年である。以来八〇年、戦中、戦後の荒波にもまれながら「ヒノマルセイロン紅茶」の内販に力を注ぎ、輸入自由化を前に英国ブルックボンド社と提携して国内ライセンス生産を開始、現在ではブルックボンド紅茶を中心に商品の多角化と新業態にチャレンジするなど、「挑戦」の歴史を刻んできた。

「紅茶自由化」を前にとあります。
紅茶自由化は1971年。
それより前ということは1970年前後。

ざっくり50年前くらいの紅茶と考えられます。

筆者より年上!!!(いらん情報)

1917年(大正6年)に日本紅茶株式会社(前身の紅茶研究所)が大谷嘉兵衛らによって設立され、国産紅茶製造を試みます。

1930年(昭和5年)くらいには恐らく国産紅茶の輸出なども行われていた…?

1962年(昭和37年)にはブルックボンド紅茶国内ライセンス生産開始
▼引用:株式会社エム・シー・フーズ沿革より

このあたりから「ヒノマルセイロン紅茶」が作られたのではないかと推測されます。

とはいえ、これだけでは「ヒノマル紅茶」(国産)+「セイロン紅茶」なのか、「ヒノマル紅茶」ブランドの「セイロン紅茶」なのかまでは分かりません。(恐らく後者かとは思いますが…)

「ヒノマル紅茶」と「きつき紅茶」

「ヒノマル紅茶」という名前を聞いたことがあったのは、「きつき紅茶」だったことをふと思い出しました。
確か茶旅で有名な須賀努先生に聞いたのではなかったか…。ちょっと怪しい記憶…。

きつき紅茶、で検索をしていると、杵築ブランドサイドストーリー#02「きつき茶」に確かに書いてあります。

このころの生産高は、茶園24ヘクタール、生茶で2万キロ、製茶で3,000キロ、製品のほとんどは日本紅茶株式会社に販売し、輸入紅茶とブレンドして、「日の丸紅茶」の名で販売された。

「このころ」というのは昭和39年前後(1964年あたり)。

和紅茶(国産紅茶)を戦後すぐに始めたものの、紅茶の輸入自由化(関税撤廃)によって海外のレベルが高い紅茶が安く日本に入ってきたことにより、国内需要の緑茶作りに転換しています。

しばらく紅茶作りは途絶えるものの、1994年に阿南さんが「きつき紅茶」を復活させて現在に至ります。

杵築紅茶といえば和紅茶界ではレジェンドのような存在で、筆者も数回に渡って飲んだことがあります。
▼参照記事:ご当地紅茶学会主催オンラインセミナー「和紅茶の会ー水無月 みなづきー」に参加して

べにふうき、べにひかり、べにたちわせなど美味しい和紅茶をいただくことができます。
噂によればアッサム種の実生在来などがまだまだあるのだとか。。よだれ。

佐賀県にある和紅茶専門店紅葉(くれは)さんで購入いただくのがおススメ。
思い返せば紅葉の岡本さんに聞いたのかも。ヒノマル紅茶の話…。記憶が…。(^-^;

購入した「ヒノマルセイロン紅茶」はどうするの?

購入した際、お店の方は「缶が固くて開かない」とのことでした。

振って音がするものの、開かないのでは仕方ないと半ばあきらめていたのですが、案外簡単に開きました。。

缶あいた

おおー!!!!!!
レトロな紙も入っている!!!

チラシ全貌 淹れ方 淹れ方

レモンティ押しですな。

そしてなんと、書いてありました!

「ヒノマルセイロン紅茶」
「世界で一番おいしい紅茶の産地セイロン島より最優秀品を直輸入し最新の技術を以て精製ブレンドした斯界最高の紅茶です」

あー、願わくば「ヒノマル紅茶」が欲しかったー!!!(心の叫び)
優良品種紅茶ってべにほまれ??はつもみじ??べにたちわせ????(うるさい)

よし、気を取り直して。
いよいよ中身に迫ります。
缶の蓋

シールが貼ってあるのですが、缶は確かに開封した跡がみられます。

茶葉

あー、はいはい。
フツーのセイロンティですね。BOPの。
チップも見えます。

茶葉は?

ひとまず香りを確認。

うん。
あー、えっと…。

あれっす。

一言で言うなら…。

おばあちゃんちの押し入れの臭い

はっきり言ってくさいです…。

ここまででもうやめようかと思いましたよ。
でもですね。

さすがに50年後に開封されたこの子が不憫になりまして。

飲む訳ではなく、一応お湯だけでも注いでみようかと。

湯を注ぐ
いい色

案外綺麗な色…。

香りも嗅いでみますと、まぁ言わずもがなでおばあちゃんちの押し入れです。
(これ平成令和の人には分からないかもしれない…)

ここで悪魔の声がささやきます。
「え?お茶好きなのにこれを飲まないの???
それって本当のお茶好きって言えるの???」
と。

いや、でも、ねぇ。
さすがに…。

乾物だとしてもよ。
いやー、飲めないっすわ。

とか一人押し問答してたんですが、ちょっと上島竜兵的な気持ちが芽生えてきまして、鼻をつまみながら一口だけ飲んでみました。

うん。
あ。
えっと。

そうね。
昔飲んだ30年以上経ってる台湾の老茶風(いや、老茶の方が飲めましたけど)…?

一口だけで、そっとあとは流しに…。
※今のところおなかに異常は見られません。何かありましたら追ってお知らせいたします。

いや、むしろ一口だけでも飲んだ自分をほめてあげたい。
すごいのよ。おばあちゃんち臭が。

結び

ある論文を見ていたら、1968年4月に購入したヒノマル紅茶は115gで200円だったそうな。

価値的なものはさっぱり分かりませんが、とにもかくにも勉強になりました。

いや、でも口に含む前から体が拒絶するのを感じました。。

お茶でこの経験をしたのは人生で2回目です。(1回目はあえて触れません)

大体のお茶を飲む自身はあったのですが、さすがに体を壊してまで飲む必要はないのでまぁ、参考として。

ヒノマル紅茶の歴史はもう少し調べてみたいところです。

ヒノマル紅茶だけではないのですが、和紅茶の歴史についての本をまた改めて読んでいますのでそちらもレビューを書きたいところです。
(いつものごとく、購入して1回読んで本棚で眠っていたもの)

あ、あとご連絡いただけましたら小分けにしてお送りしますよ。茶葉。笑
3名くらいなら。(日本国内に限る)

ただし、何かあっても筆者は責任を負いません!知りません!

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