煎茶伝統の手揉み茶が危機?手揉み茶とは?皇室献上茶とは?

手揉み完成 日本茶


「手揉み茶」をご存知でしょうか。

現在煎茶作りはほぼすべての工程を機械で行っています。

ですが、機械が開発される前は当然手で作られていました。

その伝統が今も残っています。

今の《製茶機械の動き》は《手揉み茶を作る際の手の動き》を元に作られているのです。

簡単な歴史

中国から3回に渡って「茶」が日本に到来します。

「茶」が2回目に到来したと言われるのは中国の宋の時代。
およそ1200年台くらいの鎌倉時代と言われます。

宋から渡ってきた固められた蒸し製の茶葉(固形茶)を砕いて薬やもてなしの茶として飲んでいました。
同時に種も渡ってきて、栽培も始まっていきます。

当時の茶は抹茶の原型のようなものだそうです。

その後安土桃山時代になると、織田信長による「茶の湯政道」が行われます。

茶の湯政道」は簡単に言うと、茶道の器などに価値を付け、戦勝をあげた武士などにそれらを与えるものです。

中には土地よりも価値がある茶器もあり、武士たちは喉から手が出るほどそれらの茶器を欲し、武勲を上げることに命をかけたということです。

茶道と政治が結びついた時代でもあります。
織田信長は文化的にも優れた人物であったということになりますね。

豊臣秀吉、徳川家康と形を変えながら茶道の道は続いていきますが、江戸時代に入り、今までは武士だけの飲み物だった茶が庶民にも広がるようになっていきます。

1738年、永谷園の始祖である永谷宋円により、「手揉み煎茶」が確立したと言われています。(諸説あり)

「ほいろ」という台~下から熱を与えたりできる和紙を貼ったもの~で、摘み取って、蒸した茶葉を乾燥させながら、揉んだり、形を整えたりしていきます。
蒸し葉

上の写真は摘み取ってから蒸した葉

揉捻中

こちらはほいろの上で揉んでいるところ

工程はたくさんあります。
茶葉を摘む時間、蒸す時間を引いても、ほいろの上での作業は6時間程度かかります。

手揉み茶完成

出来上がりは針のような仕上がりになります。

動画で見ると分かりやすいので以下を参考にしてください。
短くまとめられているのですが、すべての工程を見ることが出来ます。

皇室献上茶とは?

各茶産地には「手もみ保存会」という団体が存在します。

地域によって若干手の動かし方などが違いますが、同じように針のような手揉み茶を作ることは変わりません。

戦前から静岡の手もみ保存会が中心となって、県内の産地持ち回りで皇室への献上茶を作ることを継続しています。

皇室へ献上するものですから、衛生的にも徹底管理され、献上用の茶園で摘んだ茶葉を使用します。

そのため、献上する2、3年前からの茶園の管理も必要となり、費用の問題もあります。

また、手揉みを行う方たちの高齢化、後継者の不足、と問題は山積みです。

2018年7月12日の静岡新聞では≪皇室献上茶続けたいけれど… 静岡県内、高齢化で担い手減≫という記事が書かれていました。

実際に筆者が習っていた先生は皇室献